妹と人生を入れ替えました~皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです~
 わたしの言葉に、華凛は目を丸くした。
 先程までのテンションは何処へやら。困惑したように視線を彷徨わせている。


「実は憂炎の奴さ、『凛風』のことが好きだって、そう言うんだ」

「えぇ、それは存じ上げております」


 華凛は躊躇うことなく頷く。


(そっか……知ってたんだ)


 憂炎はあの後も、わたしを相手に『凛風』への想いを吐露し続けていた。
 毎日、毎日。飽きもせず。『凛風が好きだ』って、馬鹿みたいに口にし続ける。

 だけど、練習だけじゃ意味が無い。『本人』を相手に、きちんと実践していたのなら良かった――――そう思うと自然、笑みが漏れた。


「困るんだよねぇ。わたしは『華凛』だっていうのに、同じ顔ってだけで告白の練習台にされるんだもん。凛風に気持ちが伝わって欲しいって。本当の妃になって欲しいって訴えられて、なんだかこっちまで苦しくなってきてさ」

「姉さま……」

「だからさ、そろそろ『凛風』は絆されたって良いと思うんだ」


 華凛を抱き締めながら、目を瞑る。

 どうか、憂炎を幸せにしてやってほしい。
 わたしはもう『華凛』でしかない。『凛風』には戻れない。戻れっこない。

 全部、わたしの我儘で始まった入れ替わりだから。自分の自由と引き換えに、わたしは憂炎の気持ちを無視した。見ないように、気づかないようにして、逃げ続けた。

 だから罰が当たった。

 叶えてやれない望みを聞き続けることほど、辛いことは無い。


「――――姉さま、憂炎が好きなのは姉さまなんです。わたくしではダメ。憂炎の想いに応えることはできませんわ」

「ううん。今は華凛が『凛風』だ。あいつが好きなのは『凛風』という存在だもん」


 あいつが最初に好きになったのは、確かにわたしだったのかも知れない。

 でも、今はそうじゃない。

 現に憂炎は、己に靡くことのない『凛風』――――華凛への想いを口にしている。毎日毎日、あの子の元に通いながら。

 だから、別に『わたし』じゃなくても良い。『凛風』であればそれで良いんだ。


「もしも『凛風』から好きって言われたら、あいつはどんな顔をするんだろうね」


 笑うだろうか。泣くだろうか。
 喜んでくれたら良いなぁと、そんなことを思う。


「姉さま! だけど憂炎は……憂炎はずっと――――」

「そういうわけだからさ。よろしく頼むよ」


 これ以上、憂炎のことを考えたくない。もうずっと、長い間、理由もわからないのに悲しくて、苦しくて、心がめちゃくちゃ痛かった。


「…………あ」


 部屋を出ると、そこには憂炎がいた。
 空が夕焼け色に染まっている。今夜も『凛風』に会いに来たのだろう。

 憂炎はわたしを見て、一瞬だけ口を開きかけて、それから噤んだ。そんな些細なやり取りに、何だか泣きたい気持ちになる。


(頼んだよ、華凛)


 『凛風』の元へと向かう憂炎の後姿を静かに見送りつつ、心の底からそう願うのだった。
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