キミの恋のはじまりは
泉の方に視線を戻せば、ちょうど女の子から何かを差し出されているところだった。
「うわぁ、フライング・バレンタインだ!」
「え、なにそれ?」
聞いたことのない言葉に首をかしげると、真由ちゃんは目を大きくして私の肩をがしっと掴んだ。
「知らない?!バレンタイン前にチョコ渡して告っちゃうの!バレンタイン当日だと、他の子と同じになっちゃうから、出し抜こう作戦みたいな?!」
「へ、へぇ~、すごいねぇ。でもバレンタインまでまだ1週間もあるよ?」
「そんなのんびりしてたら負けなんだよ~!」
世の中には私の脳みそではどれだけ考えても思いつかないような駆け引きがあるらしい。
それにしても泉がチョコをもらう場面に遭遇するなんて……。
きゅうぅと心臓が鷲掴みされたように痛い。
「あ、断ってるよ」
泉が首を横に振って、小さくお辞儀をするのが見えた。
同じようなやりとりをもう一度繰り返して、女の子は泉のそばから離れていった。
「いなくなったね、ほら、やっと近づけるよ」
「うん……」
泉がチョコを受け取るとは思っていないけど、断る場面をみるのもなんか心が痛い。
真由ちゃんは「それじゃまたね~」と泉がいるのとは反対方向に帰っていく。小さく手を振ってそれを見送ってから、ぱんっと自分の頬を叩いた。
重くなってしまった気持ちをなんとか飲み込んで、口元を引き上げながら泉の方へ近づいた。
私に気づいた泉がゆったりと目を細めて蕩けるような笑顔を向けてくれる。
きゅんと鳴る私の心臓。何度見ても私だけに向けられたそれに心が震えて幸せが充満する、
……のに、今日は幸せの後ろにちょっとだけ影がある。
「莉世」
隣に立って見上げれば、聞き慣れた優しい声で名前を呼んでくれる。
自然に繋がる手。絡まる指。ふんわり細められる目元。私に合わせてゆっくり歩いてくれる。
どれもがあたたかくて、とろとろと気持ちが溶けそうだ。
「俺んち、寄ってくでしょ?」
泉の問いかけに小さく頷けば、さらに嬉しそうに目元を緩ませる。
……バレンタインまで、あと1週間。
さっきの女の子がまた脳裏に浮かぶのをふるふると頭を振って追い払う。
今年は私だってちゃんと考えているのだ。