キミの恋のはじまりは
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……この今の状況で、集中できる人いたらすごいと思う。
「2次関数の頂点と軸を求める場合は」
「……」
「この式のXのところを……」
「……」
「莉世、わかってる?」
「……うん、わ、わかる…」
数学が壊滅的にできない私に、泉が教えてくれるといったのでありがたくお願いしたわけなのだけど……。
そのために、泉の部屋に来たはずだったんだけど……。
ぴったりと背中に感じる泉の熱。
声が発せられる度その振動が背中を小刻みに伝うし、肩に乗せられた顎の重み、耳をくすぐる息。泉の足の間に挟まるように座っている私は、目の前の数学にまったく集中できない。
しかも、泉の左手は私のお腹辺りに回され、右手は私の脇下を通ってローテーブルの上で器用にシャーペンを動かしている。
な、なぜ、そんなにも余裕なのか……。
しれっと説明を続ける泉に身を捩って「す、少し、離れてくれる?」とお願いしてみたけれど「やだ」と瞬殺されてしまった。
「だ、だってっ」
「ん、なに?」
「ちょっと、近すぎて無理っていうか……」
「無理?」
「あ、いや、す、数学を……」
「うん、ごめんね?」
「~っ、」
私を懐柔するように耳元に寄せられる声に、もう何も言えなくなってしまう。
息切れを起こしている心臓が痛くて、なのに体の力が少しずつ抜けていくようにふわふわする。
深呼吸をして全身を包む泉の熱を逃がして平静を取り戻したかったのに、耳にちゅっという音が響けば肩がびくっと揺れて熱が全身に回りだす。
慌てて耳を抑えて「な、な、な…」と言葉が出ず口だけパクパクさせながら背後にいる泉を見上げると、吸い込まれそうな濃茶の瞳。
そうなれば、もう抗うことはできなくて。結局、私はいつも負けて捕まってしまう。
さらっと泉の前髪が揺れて、唇が熱くなる。
重なり合えば、恥ずかしいのにもっと欲しくなってしまう。
泉が覆いかぶさるように抱きしめて何度もキスをくれる。
離れたくなくて、私たちの間の隙間をなくしたくて、泉の背中に腕を回してしがみついた。
もっとその熱の中に閉じ込めて欲しいとさえ思ってしまう。
「莉世、かわいすぎ」
「いず…、み、」
「もっとかわいいのみせて」
「~っ、」
……今日の私、なんか変だ。
もう、視界には見慣れた彼しかいなくて、体が熱くてくらくらする。
大好きな泉のシャボンの香りに包まれて、それが全身を浸していく。
背中を支えてくれる大きな手に力が入らなくなった体をあずけながら、少しずつ深く重なっていく唇から注ぎ込まれてくる泉の熱を逃さないように必死に抱きついた。
「……好きだよ、莉世」
何度も繰り返される言葉。
甘くて、痺れて、すべてが溶かされる。
いつの間にか浮かんだ涙で滲んだ世界の中で泉の熱だけがはっきりしていて、溺れそうな私をぎゅっと抱きしめてくれる。
でも…
ああ、どうしよう…
私の全部が泉でいっぱいすぎて、苦しくて沈んでしまいそうだ……。