排球の女王様~全てを私に捧げなさい! 第二章
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大地が、スランプから抜け出し、一週間前が過ぎていた。大地は毎日絶好調といった様子で、莉愛も金井コーチも一安心と胸を撫で下ろしていた。
莉愛は安堵しつつも溜め息を付き、そしてポツリと呟いた。
「もうここにいてはダメ……だよね」
大地がスランプから抜け出せたと言うことは、私がここにいる理由が無くなったということだ。
はぁーー。
楽しかったな。
大地と一緒に部活して、同じ学校に通っているみたいで、ドキドキした。狼栄のみんなも、ホントの仲間のように私を迎え入れてくれて、すごく嬉しかった。
それも、今日で終わりにしなくては……図々しく、このままと言うわけにはいかない。
体育館の前で、一度大きく深呼吸してから入って行く。すると皆が、いつもの様に笑顔で迎え入れてくれる。
「あっ姫川さん。うっす!!」
「こんにちは、姫川さん」
ボーッと体育館を眺めていると、赤尾に声を掛けられた。
「莉愛嬢、そんなところに突っ立ってどうしたの?こっちにおいで」
「あっ……はい。今日もよろしくお願いします」
一礼してコートの中に入って行くと、ミドルブロッカーの大澤和彦(おおさわかずひこ)三年に声を掛けられた。
「姫川さんクイックの事で相談があるんだけど」
そう言った大澤はトサカの様な髪型で一見派手で不真面目そうに見えるが、実は誰よりもバレーに対して、とても真面目に取り組んでいる。熱い男と言った感じだ。
「私で良ければ」
私と大澤の会話を聞いていた熊川と尾形も声を掛けてきた。
「あっ、ずるい」
「俺もアドバイスしてもらいたい」
ずるいと言った熊川貴志(くまかわたかし)は三年生でポジションはリベロ。茶色の髪を髪留めで止めている。身長は犬崎のリベロ瑞樹よりも更に小柄だが、レシーブのセンスはずば抜けて良い。小さな体で大地のジャンプサーブや、スパイクを見事に上げていく。
「姫ちゃん。大澤の次で良いから、アドバイスほしい」
「あっ……はい」
熊川との話が終わると尾形が前に出てきた。
「熊川の次でいい。俺にもアドバイスをたのむ」
尾形壮(おがたそう)二年は大地と同じオポジットで、いつも表情が変わらない。毎日無表情で、淡々とメニューをこなし、実力を付けてきている。今年、三年である大地が卒業すれば、チームを引っ張り、大地の後を引き継がなければならない。そのプレッシャーは他人には計り知れないものだろう。それでも、回りの期待に添えようと努力を続ける尾形に皆は期待していた。
「尾形さんもアドバイスですか?」
「ああ……いいか?……ですか?」
尾形はなぜかいつも会話の途中で敬語を入れてくる。
「ふふっ、良いですよ」
笑いながら答えると、なぜか尾形が目を逸らした。
?
「尾形さん無表情でムッツリ」
ボソリと呟いたのは安齋学(あんざいまなぶ)一年生だ。黒髪で色白、ひょろりと背の高いインドア風な彼だが、ブロックをやらせれば文字通り壁のようになる。手足の長さを生かし、相手のスパイクを止めまくる。狼栄の壁……一年にしてこのセンスは驚異的だ。
「莉愛嬢、人気者だね」
そう言ってきたのは赤尾だった。
「確かに、莉愛嬢のアドバイスは的確でわかりやすいもんね」
「そうですか?ありがとうございます。でも、大地を先に見てから皆さんの所に行きますね」
そう言って頭を下げると赤尾が、苦笑した。
「あーー。はいはい。莉愛嬢はいつでも大地優先だもんね」
莉愛は頬赤く染めながら、俯いた。
「えっ、あっ。すみません」
「いいの。いいの。それで大地の調子が上がって良いプレイをしてくれるなら俺達は、それでOKなんだよ」
赤尾が莉愛にウィンクして見せた。
眩しい。
イケメンのウィンクすご。
ここに女子生徒がいたら悲鳴が上がっていたことだろう。
莉愛は赤尾達に頭を下げ、大地の元に急いだ。
別コートでは大地がスパイク練習を行っていた。そこには一週間前とは別人の様な大地がいた。次々に決まるスパイク。
「大地、絶好調だね」
「ああ、莉愛バレーが楽しくて仕方ない、やばい……最高だ」
そう言って笑う大地を見て莉愛はホッとした。
大地は大丈夫そうね。
金井コーチも満足げにこちらを見て頷いていた。
*
「「「ありがとうございました」」」
練習が終わり最後の挨拶が体育館にこだました。そして、莉愛は金井コーチの元まで急いだ。
「金井コーチ、今日までありがとうございました」
頭を下げる莉愛に、金井コーチが首を傾げる。
「今日まで?」
「はい。大地の調子も良くなりましたし、私の役目も終わったかと……」
莉愛と金井コーチの話を聞いていた、狼栄の皆が声をそろえて叫んだ。
「「「ダメです!」」」
えっ?
「あの……でも、私の役目は……」
「姫ちゃんにはもっと、手伝ってもらいたいことがあるんだよ」
そう言ったのはリベロの熊川だった。
「そうだ。姫川さんには聞きたいことがまだある」
「俺はまだアドバイスもらって無いぞ……です」
大澤と安齋も焦ったように声にする。
みんなの言葉に困惑しながら莉愛は、金井コーチに視線を向けると、金井コーチがニコニコしながら話し出した。
「姫川さん、皆もこう言っているし、もう少し手伝ってもらえると、私も嬉しいのだが?」
「でも、良いんですか?」
「皆、姫川さんに期待しているんだ。よろしく頼むよ」
金井コーチにここまで言われて、断る理由も無い。
「分かりました。よろしくお願いします」