【コミカライズ】おひとりさま希望の伯爵令嬢、国王の命により不本意にも犬猿の仲の騎士と仲良くさせられています!
番外編
【番外編】イリスの憂鬱
「あら、イリス・ザカリー様! まさかイリス様がこのお茶会にいらっしゃるなんて思いませんでしたわ。まさかイリス様も、ジーク国王陛下に……?」
「嫌だわ。こんなビン底眼鏡のおチビさんが、陛下に見初められようなどと。無理に決まっているではありませんか!」
私の目の前で悪口を繰り広げるこのご令嬢たち、誰だっけ?
人のことビン底眼鏡とかチビとか、よく目の前で言えるよね。
王家主催のお茶会に参加する気持ちなんて全く無かったけど、お姉様がどうしてもっていうから参加しただけなのになあ。
私の名前は、イリス・ザカリー。
ザカリー伯爵家の二番目の娘。
年の離れたマリネットお姉様はイケメンに嫁いで家を出たし、我が家にはお兄様のご家族たちも一緒に住んでいて、私の居場所なんてとっくになくなっている。
今日のお茶会に参加させられたのも、とっとと私をどこかに嫁に出したいという家族の魂胆がミエミエだ。
子供の頃にもこうして王城でのガーデンパーティーに参加したことがあるんだけど、その時と違って指定の席がなくてよかった。端っこの方で、美味しそうなお菓子を一通り味わって帰っちゃおう!
意地悪な令嬢たちなんて無視だわ、無視。
「あら、イリス様。どちらにいらっしゃるの?」
「やめなさいよ、きっとあのビン底眼鏡さん何も見えていないのよ。友人だと思われたら嫌だから、早くあちらに行きましょう」
意地悪令嬢たちと離れて、色とりどりのお菓子が並ぶテーブルにやって来た。このメデル王国の伝統菓子や、東方の国から取り寄せた珍しいお菓子、不思議な色をしたシュワシュワした飲み物もある。
(さ、全部お皿に取りましょ)
最近国交を始めたこの東方の島国は、大陸とはかなり異なる文化を持っているようだ。お姉様に資料を借りて色々勉強したけれど、どうやらあっちには貴族とか平民とかっていう身分はないみたい。
優秀な人をどんどん平等に試験で選抜していって政を行っているらしく、小さい島国なのになかなか素敵だ。
テーブルに着いてお菓子を堪能していると、どうやら向こうの方でジーク国王陛下が庭園に入ってきたようだ。令嬢たちのテンションが上がって黄色い声が上がったから、陛下の顔を実際に見なくてもよく分かる。
せっかく珍しい東方のお菓子を切り分けて食べようと思ったところだけど、順番にご挨拶だけはいかないとダメかしら?
……いや、やめておこう。私が行かなくたって、どうせバレないでしょう。
見たこともない東方のお菓子は、黄色がかったパサパサした衣の中にうっすら濃い茶色のペーストが透けて見える。なんだかあまり綺麗な色ではないけれど、小さく切って口に入れてみた。
サクッという食感のあとに、ほんのり甘いほくほくクリーム。これは何と言うお菓子だろう。不思議な味だけど、何だか心がほっこりするお味だった。
「これ、何ていうお菓子なのかなあ」
「最中という名前らしいよ」
「ひょえっ!」
私の背後、肩の近くから突然聞こえた男性の声に、私は驚いて思わず変な悲鳴を上げる。
距離が近すぎてよく顔が見えず、私はビン底眼鏡の縁に手を当てて彼の顔をじっと覗き込んだ。
「そんな怪訝そうな顔をしなくていいじゃないか。久しぶり、イリス」
「誰……? ああ、ジーク国王陛下ですね。ごきげんよう」
一国の国王に対して随分失礼な態度だと、きっとみんな思うでしょう。でも私たちは、実は幼い頃からの知り合い。子供の頃は、私が一方的にジーク陛下をイジメて好きなように連れまわしてたんだけど、陛下に対する私の振る舞いが酷すぎて、王城に出禁になったのだ。
そこから十年以上会ってないけど、よくこんなビン底眼鏡の私のことを覚えていたものだ。
「今日のお茶会、来てくれてありがとう」
「あ、私はマリネットお姉様に言われて参加しただけです。別に来たかったわけじゃないので。ほら、あっちでご令嬢たちがコバエみたいにたかってますよ。早く行ってあげてください」
「コバエ……相変わらず言葉遣いが酷いね!」
陛下はお腹を抱えて笑いながら、私と同じテーブルについて、飲み物を持ってくるように頼んでいる。
(ヤバ……ここでゆっくりお茶飲む気?)
ニコニコしながらこっちを見る陛下。
私の背後では、コバエ令嬢たちの悔しい歯ぎしりの大合奏。
「その最中、味はどう?」
「この茶色いペーストがほんのり甘いんですよ。でもこれは、砂糖の甘さだけじゃないですね。よく見ると豆の皮みたいなものが入っているので、もしかしたら何らかの豆類に砂糖を混ぜ込むという斬新な手法で作られているのかも。でも、茶色い豆ってこの国ではみたことないし……。東国の温暖な気候でしか育たない、特殊な豆なのかもしれません。それなら、この国に持ってきても上手く育たないだろうから、きっとこのお菓子は貴重なまま高値で取引されるでしょうね。たくさん食べたくても高くて買えないから、こうして特別な日に……」
私の話を聞きながら、陛下は相変わらず笑いが止まらないみたい。ちょっと喋り過ぎたかなと思って、途中でお口にチャックしてみた。
「今日は、お茶会に来てくれたご令嬢たちの中から、婚約者候補を選べと言われているんだ」
(ああ、知ってる。十数年前にも婚約者選びをやったけど、陛下が私を選んじゃったものだから、仕切り直しになったんだよね。さすがにダメだよ、もうちょっと家柄の良いところから引っ張ってこなきゃ)
「じゃあ、早く選んできてくださいよ。私はこの最中とかいうお菓子を堪能して、お姉様に挨拶してから帰りますので」
「……イリスは、私と婚約したくないの?」
ぶふぅぁっ!!
お茶吹いちゃったわ!
うげぇ……世界広しと言えど、国王陛下の顔前からお茶吹きかける不届き者って私くらいだと思う。驚いてぶっ飛んで来たイケメンが、必死で陛下の顔を拭いている。
(あれ? 顔拭いてる護衛騎士、お義兄様だね? イケメンが勿体ないよ、そんなに顔を歪めて私のこと睨まないでくれるかな?)
「陛下、それはちょっとごめんなさい。私ちょっとやっぱり陛下とは別の世界の人間な気がするんで、どうぞコバエと結婚してください」
「……残念ながら、私は大分しつこいのでね」
「はあ、しつこい……ですか?」
「しつこくめげずにアプローチすれば、女性はいつかは折れてくれるものだって。ここにいる護衛騎士のラルフからの直々の教えがあってね」
おい、お義兄様よ。
それはアンタがマリネットお姉様に空気読まずに熱烈アプローチしてたからでしょうが。
「陛下。でも私、興味を持ったものについてはひたすら喋りまくるし、死ぬほど夢中で暗い所で本を読むし」
「うん、私はイリスのその知識欲や行動力をとても尊敬しているよ」
「一日一本くらいのペースで傘を失くしたり壊したりするし、水たまりがあったらとりあえずダイブしますよ」
「雨の日は、きちんとした護衛をつけよう」
「すぐ忘れ物しますし、ペンを持ったらすぐに折ります」
「ペンは、折るものじゃないね。今後は書くときに使ってくれるかな?」
「多分、呼ばれても返事しないこと多いですよ。聞こえてるのに無視します」
「じゃあ、振り向いてくれるまで呼べばいいかな?」
なるほど、陛下もなかなかしつこい。
お義兄様も反対向いて笑い始めてしまった。元はと言えばアンタが「めげずにアプローチしろ」ってアドバイスしたせいだよ、ラルフお義兄様。責任取ってよ。
「陛下」
「なに? イリス」
「私そもそもこんな言葉遣いで王妃とか全然向いてないと思うし、正直他人に興味ないんですよ。だから、陛下に夢中になるとか絶対ないと思いますよ?」
「それでもいいよ。待つから」
(待つ、ねえ……)
さすがラルフお義兄様が教育係としてお育てした方だ。しつこいね、超しつこい。
「分かりました。じゃあ、しばらく検討してみて、婚約できそうだったらしてあげますね」
「うん、イリス。これからもよろしくね」
陛下も物好きな方だ。私と婚約したいなんて、おかしな趣味をしていらっしゃる。「行けそうだったら行くね」って言うのと一緒で、「婚約できそうだったらするね」って言うのは断り文句であることは知らないらしい。
でもまあ、うしろで歯ぎしり大合奏しているコバエ令嬢と結婚するよりは、私の方がマシかもね!
そう思うと何だか色々とどうでもよくなって、気持ちがスッキリしてきた。
「さあ! じゃあ、もう一口食べますか!」
どこまでも澄み渡る青空の下、私は満面の笑みで。
最中|《もなか》を一切れ、ジーク陛下の口に突っ込んだ。
Fin
「嫌だわ。こんなビン底眼鏡のおチビさんが、陛下に見初められようなどと。無理に決まっているではありませんか!」
私の目の前で悪口を繰り広げるこのご令嬢たち、誰だっけ?
人のことビン底眼鏡とかチビとか、よく目の前で言えるよね。
王家主催のお茶会に参加する気持ちなんて全く無かったけど、お姉様がどうしてもっていうから参加しただけなのになあ。
私の名前は、イリス・ザカリー。
ザカリー伯爵家の二番目の娘。
年の離れたマリネットお姉様はイケメンに嫁いで家を出たし、我が家にはお兄様のご家族たちも一緒に住んでいて、私の居場所なんてとっくになくなっている。
今日のお茶会に参加させられたのも、とっとと私をどこかに嫁に出したいという家族の魂胆がミエミエだ。
子供の頃にもこうして王城でのガーデンパーティーに参加したことがあるんだけど、その時と違って指定の席がなくてよかった。端っこの方で、美味しそうなお菓子を一通り味わって帰っちゃおう!
意地悪な令嬢たちなんて無視だわ、無視。
「あら、イリス様。どちらにいらっしゃるの?」
「やめなさいよ、きっとあのビン底眼鏡さん何も見えていないのよ。友人だと思われたら嫌だから、早くあちらに行きましょう」
意地悪令嬢たちと離れて、色とりどりのお菓子が並ぶテーブルにやって来た。このメデル王国の伝統菓子や、東方の国から取り寄せた珍しいお菓子、不思議な色をしたシュワシュワした飲み物もある。
(さ、全部お皿に取りましょ)
最近国交を始めたこの東方の島国は、大陸とはかなり異なる文化を持っているようだ。お姉様に資料を借りて色々勉強したけれど、どうやらあっちには貴族とか平民とかっていう身分はないみたい。
優秀な人をどんどん平等に試験で選抜していって政を行っているらしく、小さい島国なのになかなか素敵だ。
テーブルに着いてお菓子を堪能していると、どうやら向こうの方でジーク国王陛下が庭園に入ってきたようだ。令嬢たちのテンションが上がって黄色い声が上がったから、陛下の顔を実際に見なくてもよく分かる。
せっかく珍しい東方のお菓子を切り分けて食べようと思ったところだけど、順番にご挨拶だけはいかないとダメかしら?
……いや、やめておこう。私が行かなくたって、どうせバレないでしょう。
見たこともない東方のお菓子は、黄色がかったパサパサした衣の中にうっすら濃い茶色のペーストが透けて見える。なんだかあまり綺麗な色ではないけれど、小さく切って口に入れてみた。
サクッという食感のあとに、ほんのり甘いほくほくクリーム。これは何と言うお菓子だろう。不思議な味だけど、何だか心がほっこりするお味だった。
「これ、何ていうお菓子なのかなあ」
「最中という名前らしいよ」
「ひょえっ!」
私の背後、肩の近くから突然聞こえた男性の声に、私は驚いて思わず変な悲鳴を上げる。
距離が近すぎてよく顔が見えず、私はビン底眼鏡の縁に手を当てて彼の顔をじっと覗き込んだ。
「そんな怪訝そうな顔をしなくていいじゃないか。久しぶり、イリス」
「誰……? ああ、ジーク国王陛下ですね。ごきげんよう」
一国の国王に対して随分失礼な態度だと、きっとみんな思うでしょう。でも私たちは、実は幼い頃からの知り合い。子供の頃は、私が一方的にジーク陛下をイジメて好きなように連れまわしてたんだけど、陛下に対する私の振る舞いが酷すぎて、王城に出禁になったのだ。
そこから十年以上会ってないけど、よくこんなビン底眼鏡の私のことを覚えていたものだ。
「今日のお茶会、来てくれてありがとう」
「あ、私はマリネットお姉様に言われて参加しただけです。別に来たかったわけじゃないので。ほら、あっちでご令嬢たちがコバエみたいにたかってますよ。早く行ってあげてください」
「コバエ……相変わらず言葉遣いが酷いね!」
陛下はお腹を抱えて笑いながら、私と同じテーブルについて、飲み物を持ってくるように頼んでいる。
(ヤバ……ここでゆっくりお茶飲む気?)
ニコニコしながらこっちを見る陛下。
私の背後では、コバエ令嬢たちの悔しい歯ぎしりの大合奏。
「その最中、味はどう?」
「この茶色いペーストがほんのり甘いんですよ。でもこれは、砂糖の甘さだけじゃないですね。よく見ると豆の皮みたいなものが入っているので、もしかしたら何らかの豆類に砂糖を混ぜ込むという斬新な手法で作られているのかも。でも、茶色い豆ってこの国ではみたことないし……。東国の温暖な気候でしか育たない、特殊な豆なのかもしれません。それなら、この国に持ってきても上手く育たないだろうから、きっとこのお菓子は貴重なまま高値で取引されるでしょうね。たくさん食べたくても高くて買えないから、こうして特別な日に……」
私の話を聞きながら、陛下は相変わらず笑いが止まらないみたい。ちょっと喋り過ぎたかなと思って、途中でお口にチャックしてみた。
「今日は、お茶会に来てくれたご令嬢たちの中から、婚約者候補を選べと言われているんだ」
(ああ、知ってる。十数年前にも婚約者選びをやったけど、陛下が私を選んじゃったものだから、仕切り直しになったんだよね。さすがにダメだよ、もうちょっと家柄の良いところから引っ張ってこなきゃ)
「じゃあ、早く選んできてくださいよ。私はこの最中とかいうお菓子を堪能して、お姉様に挨拶してから帰りますので」
「……イリスは、私と婚約したくないの?」
ぶふぅぁっ!!
お茶吹いちゃったわ!
うげぇ……世界広しと言えど、国王陛下の顔前からお茶吹きかける不届き者って私くらいだと思う。驚いてぶっ飛んで来たイケメンが、必死で陛下の顔を拭いている。
(あれ? 顔拭いてる護衛騎士、お義兄様だね? イケメンが勿体ないよ、そんなに顔を歪めて私のこと睨まないでくれるかな?)
「陛下、それはちょっとごめんなさい。私ちょっとやっぱり陛下とは別の世界の人間な気がするんで、どうぞコバエと結婚してください」
「……残念ながら、私は大分しつこいのでね」
「はあ、しつこい……ですか?」
「しつこくめげずにアプローチすれば、女性はいつかは折れてくれるものだって。ここにいる護衛騎士のラルフからの直々の教えがあってね」
おい、お義兄様よ。
それはアンタがマリネットお姉様に空気読まずに熱烈アプローチしてたからでしょうが。
「陛下。でも私、興味を持ったものについてはひたすら喋りまくるし、死ぬほど夢中で暗い所で本を読むし」
「うん、私はイリスのその知識欲や行動力をとても尊敬しているよ」
「一日一本くらいのペースで傘を失くしたり壊したりするし、水たまりがあったらとりあえずダイブしますよ」
「雨の日は、きちんとした護衛をつけよう」
「すぐ忘れ物しますし、ペンを持ったらすぐに折ります」
「ペンは、折るものじゃないね。今後は書くときに使ってくれるかな?」
「多分、呼ばれても返事しないこと多いですよ。聞こえてるのに無視します」
「じゃあ、振り向いてくれるまで呼べばいいかな?」
なるほど、陛下もなかなかしつこい。
お義兄様も反対向いて笑い始めてしまった。元はと言えばアンタが「めげずにアプローチしろ」ってアドバイスしたせいだよ、ラルフお義兄様。責任取ってよ。
「陛下」
「なに? イリス」
「私そもそもこんな言葉遣いで王妃とか全然向いてないと思うし、正直他人に興味ないんですよ。だから、陛下に夢中になるとか絶対ないと思いますよ?」
「それでもいいよ。待つから」
(待つ、ねえ……)
さすがラルフお義兄様が教育係としてお育てした方だ。しつこいね、超しつこい。
「分かりました。じゃあ、しばらく検討してみて、婚約できそうだったらしてあげますね」
「うん、イリス。これからもよろしくね」
陛下も物好きな方だ。私と婚約したいなんて、おかしな趣味をしていらっしゃる。「行けそうだったら行くね」って言うのと一緒で、「婚約できそうだったらするね」って言うのは断り文句であることは知らないらしい。
でもまあ、うしろで歯ぎしり大合奏しているコバエ令嬢と結婚するよりは、私の方がマシかもね!
そう思うと何だか色々とどうでもよくなって、気持ちがスッキリしてきた。
「さあ! じゃあ、もう一口食べますか!」
どこまでも澄み渡る青空の下、私は満面の笑みで。
最中|《もなか》を一切れ、ジーク陛下の口に突っ込んだ。
Fin