二枚目俳優と三連休
「了解。じゃ、契約成立、ってことで。よろしくセンセイ」
 受講回数は3回。1回につき3千円です、とさなえが言うと、高柳が安すぎる、5千円にせえ、と言い、瞬からもそうだそうだ、と押し切られ、5千円になった。
 それから瞬と高柳の漫才のようなトークを聞いて笑っているとあっという間に時間が過ぎた。
 終電も近くなり、「じゃあ、私はこれで」と帰ろうとすると、高柳に映画の台本のコピーを渡された。
「楽しみにしてるで」
 にかっ、と高柳が笑った。
「はい。私もです」
 さなえは、もうちょっと飲んで行く、という2人と別れた。台本のコピーの入ったバッグを大事に抱きかかえて電車に乗った。最初の生徒さんが有名人なんて大丈夫かな、という気持は確かにある。でも、それ以上に、わくわくする気持が強かった。
「うまく、いくといいな」
 電車の窓から白い月が見えた。

 3日後。
「へえーっ、こんなとこで、やるんや」
 高柳が言った。
 そこは駅から近いオフィス街の一角だった。ビルの中の貸し会議室。素っ気無く、長机と椅子、ホワイトボードが置かれている。
「ええ。私みたいに講座を開く人はこういうところを使います。受講生の少ない場合はカフェなんかでもやるそうですが…私の場合、語学ですから、しっかり発音も聞き取ってもらいたいんで、ここにしました」
 さなえは言わなかったけれど、もちろん、高柳が有名人だから、というのもある。貸し会議室は料金が痛いけれど、仕方なかった。
「よっしゃ。じゃ、頼んます」
 パイプ椅子に腰掛けると、高柳がぴりっと顔を引締めた。さなえもお金をもらって教えるのはほぼ初めてなので緊張していた。
 こっそり深呼吸して言った。
「では、はじめます」
 それから、1時間半、さなえは高柳に向かって、イタリア語の歴史や、文法をざっくりと説明し、挨拶と簡単な会話を覚えてもらった。
 高柳は関西弁のイメージが強かったので、どうなるか気になっていたが、想像以上にうまくイタリア語の発音を発することができた。
「ああ、いいですね。高柳さん、感じ、つかめてますよ」
 真剣な顔つきだった高柳が、ぱっと顔を明るくさせた。
「そうか。おお、よかった。一昨年、フランス語かじった事があってな。発音で滅茶苦茶怒られたから、気が気でなかってん。俺、コトバ覚える才能ないんちゃうかなって」
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