初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

 楽しい時はあっという間で、終わりを告げる刻の鐘が聞こえた時は、名残惜しくて堪らなかった。
 指先をそっと放す。
 手が離れる間際、シェイドの手が僅かに強張ったように感じた。

「……女性のエスコートなんて、した事が無かったから。至らなかったら申し訳ない」
 すまなそうに笑うシェイドにリエラは首を横に振った。
「そんな事ありません、とても楽しかったですわ」
 シェイドのエスコートはスマートで、横顔は相変わらず素敵だった。そんな感慨に耽っていると、シェイドは目元を和ませリエラを眺めた。
「あなたは凄かったんだな……」
「はい?」
 
 思わず首を傾げる。

「たった十歳の女の子だったのに、あの頃の君のエスコートは既に完璧だった」
「えっ、」
 八年も前の話を持ち出されて、思わずリエラの顔が赤くなった。
「それは、その……張り切ってしまったのです。見頃の庭園を自慢したくて……」

 シェイドに良いところを見せたくて。ただそれだけだった。
 けれど十一歳の男の子に花なんて興味は無かっただろうと今なら分かる。あのチョイスは独りよがりだった。今更ながら恥ずかしい。

「そんな事ない。凄いよ。たった十歳の女の子があれだけの花を頑張って覚えてくれて、一生懸命教えてくれた。……俺はあの時、本当に勿体無い事をしてしまった」

 火照った頬を押さえていると、悔恨の滲む眼差しを伏せるシェイドが目に入った。

(ああ……)

 立ち止まっていたのは自分だけじゃ無かった。

 そんな思いが込み上げる。
 シェイドもまた、ずっと後悔していたのだ。
 きっと彼のあの時の態度は本来のものでなかったのだろう。だからこそ気になって振り返って、悔いている。

「……気にしないで下さい。もう済んだ事です」
「いや、それは……そうかもしれないが……」

 そう声を掛ければシェイドは悲しそうに眉を下げた。
「私はシェイド様に良いきっかけを頂きました。あの頃の自分に、褒められるところなんて無いと思っていましたから。けれどおかげでこれから自信を持って一歩踏み出せそうです」
 苦手だからと目を背けていたものに向き合う勇気を貰えた。
 両親や兄に掛けていた心配も、きっとこれから改善に向けて進んでいける。だから、

「シェイド様にお会いできて本当に良かったです」

 心からそう思う。
 幼い自分がこの人を好きになった事は間違いでは無かったのだ。やっとそう、思えるようになった。
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