ヤンデレくんは監禁できない!

悪夢は続くよ

芽衣里は誰かの泣き声で起きた。辺りを見回すとサイドテーブルに赤ちゃんが寝かせてられていた。まだ首がすわったばかりだろう赤ちゃんは、母親が恋しいのか顔をくしゃくしゃにして泣いていた。

芽衣里は抱き上げてあやそうとするが、今度は隣りの騒音に気付いた。壁は決して薄くないのに、ガタガタ、ドンドンと不穏な音が聞こえてくる。
続けざまにチャイムまで鳴りだした。連打されて、隣りの騒音と嫌なセッションが始まってしまった。せめてチャイムだけでも止めようと芽衣里は玄関に向かった。

「光滝さん、ネットで剽窃(ひょうせつ)を行いましたね? 同行を願います」

「大変よ! このマンション幽霊が出るわ!」

「先生! ごはん作りに来ました♡ 開けて〜」

芽衣里は黙って引き返した。チャイムの音と騒音はさらに大きくなる。
引き返した先、誰もいないはずのダイニングキッチンで、廻が椅子に座ってのんびりとコーヒーを飲んでいた。

「兄ちゃん」

「芽衣里、油断大敵だ」

「え」

「ソファ」

廻に言われるがままに、芽衣里はソファへと目を向けた。

「凌…!?」

包帯とギプスに覆われた恋人がそこにいた。
芽衣里は駆け寄り、凌の頬に手を添えた。包帯を巻かれた額の下、両目が薄く開かれて芽衣里を見た。

「起きて」

「え」


芽衣里は自分の声で目を覚ました。薄暗い部屋の中、飛び起きると凌が大荷物を背負い立っていた。

「凌、おはよ」

「おはよう、支度したら出るよ」

「いやどこに行く気?」

芽衣里の質問には答えず、凌は寝室を出た。困惑する芽衣里が時計を見ると、短針は“4”を示している。

(本当にわからない人)

とにかく支度をしてまた聞こう、そう芽衣里は決めてベッドから下りると、右足首の違和感に気付いた。
…足枷が解かれている!

(凌はやっとわかってくれた!)

きっと自分をアパートに帰してくれるのだと、芽衣里は大急ぎで凌に借りたTシャツを脱いだ。ハーフパンツも下ろしてベッドに置き、明るいリビングへと急ぐ。

(もう夏休みになってるし、やりたいこともやらなきゃいけないことも沢山あるもんね)

芽衣里は自分でも知らないうちに鼻歌まで歌っていた。これからの予定──サークル活動や課題、旅行やお出かけ──を想像するととんでもない忙しさではあるが、その忙しさすら芽衣里にとっては嬉しかった。

ジーンズとカットソーにさっさと着替えてしまうと、カバンを抱えスーツケースを引いて芽衣里は玄関へと急いだ。凌の姿はもう部屋にはないが、部屋の外で必ず待っている人だ。芽衣里は凌の、そうした不器用な優しさを可愛らしいと思っている。
…本人に言ったことはないけれど。

(いっつもこっちを見ないで行っちゃうのに、見えなくなったら待ってる…)

(たまにわざと隠れたりたしてるって知ったら、どんな顔になるのかな)

スキップでもしたいような気持ちで、芽衣里はドアを開ける。

そこには芽衣里の予想通り、凌が仏頂面で待っていた。

「…俺の顔に何かついてる?」

「ないない、いつも通りイケメンだよ」

にこにこと今までになく楽しそうな芽衣里に、凌は眉間のシワを深くする。芽衣里は気にした様子でもなく、軽口さえ叩いてみせた。
そのまま小走りで廊下を進む。
早く行こうよ、と振り返って笑う芽衣里に、凌は目を細めてゆったりと歩いていった。
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