政略結婚は純愛のように〜完結編&番外編集〜
父の法要だと言われて東京へ来たけれど、案の定今井家の食堂では、法要などそっちのけで、今後に対する対策が話し合われていた。
「ゆ、由梨! お前、本当に加賀君の居場所を知らんのだな⁉︎」
末席に座る由梨に、幸仁伯父の怒号が飛ぶ。
もう何度も尋ねられたその質問に由梨はうんざりとしながら口を開いた。
「知らされておりません。伯父様」
斜め向かいに座る祥子が鼻で笑った。
「捨てられたのね、かわいそうに」
そして伯父に向かって、言い放つ。
「伯父さま、やっぱり由梨じゃ役不足だったのよ。加賀さんを繋ぎ止めることもできなかったんだもの」
「くそっ!」
伯父が悪態をついた。
「飼い犬に手を噛まれるとはこのことだ。取り立ててやったのに、あの若造め!」
「べつにいいじゃないですか、父さん。北部支社なんて、欲しけりゃくれてやればいい」
智也が能天気に言うが、父親に睨まれて口を噤んだ。
「他の株主たちに連絡は?」
別の伯父が、幸仁伯父に問いかける。幸仁が忌々しげに口を開いた。
「……誰も電話に出ん」
「まさか、すでに加賀君に……?」
「……だ、大丈夫だ。確かに本社が持っている北部の株は40パーセント。だが、それ以外にも5パーセントは爺さんの名義になっていたはず。少なくとも45パーセントは、こちら側にあるのだから、加賀ホールディングスが過半数を獲得するのは簡単ではない」
伯父の言葉に、一瞬だけその場の空気が和らいだ。
膝に置いた手を由梨はギュッと握りしめた。
「だが兄さん、その爺さんの株式はいったい誰が相続したんだ?」
その質問に幸仁は即座に答えられなかった。首を傾げて空を見つめる。
「……あれはたしか、もともとは博にやるはずだったから……」
その言葉を聞いてから、由梨はゆっくりと立ち上がる。そしてなにかに気がついて真っ青になる伯父を見据えて、口を開いた。
「私です。伯父さま」
以前、隆之が今井家側と、由梨の権利について話をつけてくれた時に、祖父から父が相続する予定だった財産を由梨はそのまま引き継いだ。
その中に、北部支社の株式があったのだ。
「あ……ゆ、由梨……」
目を見開いて伯父が掠れた声を漏らす。
「馬鹿なっ‼︎」
他の伯父や従兄弟たちから声があがった。
由梨は大きく深呼吸をして、皆を見回す。そして静かに宣言した。
「私は、北部支社の未来を、加賀ホールディングスへ託したいと思います。もうすでに、昨日手続きを終えました」
「由梨‼︎」
伯父の怒号が食堂に響き渡った。
「と、取り消しなさいっ! 今すぐにっ!」
「恩知らず!」
いくら罵倒されても少しも怖いとは思わなかった。
自分が正しいと信じる道を進むのだという揺るぎない自信が、由梨の心を強くしている。
「育ててもらった恩も忘れて、男を選ぶのね!」
伯母が青筋を立てている。
その言葉に反応し、由梨は彼女を睨みつけた。
「私は、隆之さんの妻だから加賀ホールディングスに株式を預けようと思ったわけではありません!」
「だ、だったら、……なぜだ」
わけがわからないというように呟く伯父を、由梨は冷たい目で見つめる。今この瞬間に今井家の凋落を見た、そんな気がした。
「……私たちが」
由梨は低い声を出した。
「北部支社の社員たちが、どれだけの努力をして、利益を生み出しているのかをあなた方は知らない。……知ろうともしない」
伯父が目を見開いて、「あ」と声を漏らす。
そこへ由梨はたたみかけた。
「これ以上、北部支社の利益を今井コンツェルン(あなたがた)の損失補填に充てられるのは許せない!」
「偉そうに!」
言葉を失う伯父の隣で、芳子伯母が毒づいた。
「由梨、こんなことをしておいて、あなたまさかまだ今井家の敷居を跨げるとは思っていないでしょうね」
「もちろんです。伯母さま」
由梨は答える。
今日、そのためにここにいるのだから。
「伯父さま、どんな経緯であれ。私を北部支社へ送ってくださったこと、感謝しております」
「由梨……」
「伯母さま、私を育ててくださったこと、感謝いたします」
「…………」
皆が固唾を飲んで見守る中、由梨は深々と頭を下げる。
「今まで、ありがとうございました」
そして顔を上げて踵を返し、振り返らずに食堂を出た。
「ゆ、由梨! お前、本当に加賀君の居場所を知らんのだな⁉︎」
末席に座る由梨に、幸仁伯父の怒号が飛ぶ。
もう何度も尋ねられたその質問に由梨はうんざりとしながら口を開いた。
「知らされておりません。伯父様」
斜め向かいに座る祥子が鼻で笑った。
「捨てられたのね、かわいそうに」
そして伯父に向かって、言い放つ。
「伯父さま、やっぱり由梨じゃ役不足だったのよ。加賀さんを繋ぎ止めることもできなかったんだもの」
「くそっ!」
伯父が悪態をついた。
「飼い犬に手を噛まれるとはこのことだ。取り立ててやったのに、あの若造め!」
「べつにいいじゃないですか、父さん。北部支社なんて、欲しけりゃくれてやればいい」
智也が能天気に言うが、父親に睨まれて口を噤んだ。
「他の株主たちに連絡は?」
別の伯父が、幸仁伯父に問いかける。幸仁が忌々しげに口を開いた。
「……誰も電話に出ん」
「まさか、すでに加賀君に……?」
「……だ、大丈夫だ。確かに本社が持っている北部の株は40パーセント。だが、それ以外にも5パーセントは爺さんの名義になっていたはず。少なくとも45パーセントは、こちら側にあるのだから、加賀ホールディングスが過半数を獲得するのは簡単ではない」
伯父の言葉に、一瞬だけその場の空気が和らいだ。
膝に置いた手を由梨はギュッと握りしめた。
「だが兄さん、その爺さんの株式はいったい誰が相続したんだ?」
その質問に幸仁は即座に答えられなかった。首を傾げて空を見つめる。
「……あれはたしか、もともとは博にやるはずだったから……」
その言葉を聞いてから、由梨はゆっくりと立ち上がる。そしてなにかに気がついて真っ青になる伯父を見据えて、口を開いた。
「私です。伯父さま」
以前、隆之が今井家側と、由梨の権利について話をつけてくれた時に、祖父から父が相続する予定だった財産を由梨はそのまま引き継いだ。
その中に、北部支社の株式があったのだ。
「あ……ゆ、由梨……」
目を見開いて伯父が掠れた声を漏らす。
「馬鹿なっ‼︎」
他の伯父や従兄弟たちから声があがった。
由梨は大きく深呼吸をして、皆を見回す。そして静かに宣言した。
「私は、北部支社の未来を、加賀ホールディングスへ託したいと思います。もうすでに、昨日手続きを終えました」
「由梨‼︎」
伯父の怒号が食堂に響き渡った。
「と、取り消しなさいっ! 今すぐにっ!」
「恩知らず!」
いくら罵倒されても少しも怖いとは思わなかった。
自分が正しいと信じる道を進むのだという揺るぎない自信が、由梨の心を強くしている。
「育ててもらった恩も忘れて、男を選ぶのね!」
伯母が青筋を立てている。
その言葉に反応し、由梨は彼女を睨みつけた。
「私は、隆之さんの妻だから加賀ホールディングスに株式を預けようと思ったわけではありません!」
「だ、だったら、……なぜだ」
わけがわからないというように呟く伯父を、由梨は冷たい目で見つめる。今この瞬間に今井家の凋落を見た、そんな気がした。
「……私たちが」
由梨は低い声を出した。
「北部支社の社員たちが、どれだけの努力をして、利益を生み出しているのかをあなた方は知らない。……知ろうともしない」
伯父が目を見開いて、「あ」と声を漏らす。
そこへ由梨はたたみかけた。
「これ以上、北部支社の利益を今井コンツェルン(あなたがた)の損失補填に充てられるのは許せない!」
「偉そうに!」
言葉を失う伯父の隣で、芳子伯母が毒づいた。
「由梨、こんなことをしておいて、あなたまさかまだ今井家の敷居を跨げるとは思っていないでしょうね」
「もちろんです。伯母さま」
由梨は答える。
今日、そのためにここにいるのだから。
「伯父さま、どんな経緯であれ。私を北部支社へ送ってくださったこと、感謝しております」
「由梨……」
「伯母さま、私を育ててくださったこと、感謝いたします」
「…………」
皆が固唾を飲んで見守る中、由梨は深々と頭を下げる。
「今まで、ありがとうございました」
そして顔を上げて踵を返し、振り返らずに食堂を出た。