政略結婚は純愛のように〜完結編&番外編集〜
トイレを出て企画課へ帰る道すがら、由梨の頭の中はさっきの噂話でいっぱいだった。
総務課の社員だけならこのくらいの噂は想定内。
フロアが違うから構わないと、どこかでたかを括っていた。
でも営業部の社員までそんな目で由梨と隆之を見ているとは!
頭から煙を出しながら、由梨は廊下を企画課を目指して足早に進む。
そして企画課があるフロアへ足を踏み入れようとした瞬間、あるものに気が付いて慌てて回れ右をする。
駆け足で廊下を戻り自動販売機コーナーへ逃げ込んだ。
「あ、危なかった……!」
隆之がいたのである。
よりによってこのタイミングで……!
……でもなんとか避けられてよかったと一応は胸を撫で下ろす。
もちろん毎回こうするわけにはいかないけれど、とにかく今は会いたくなかった。
自動販売機の影に隠れて由梨はドキドキする胸に手を当てる。深呼吸をして呼吸を整えた。
それにしても。
企画課へ来た際、彼が由梨を見ているという話は本当なのだろうか。
まさか噂で言われてるようなそういう目で見ているとは思わないが、もしも事実だとしたら……と、そんなことを考えながら由梨はそうっと廊下の方へ顔を出す。
「もういなくなったかな」
——そこへ。
「誰がだ?」
「きゃあ!」
突然声をかけられて飛び上がるほど驚いた。恐る恐る振り返ると、由梨が避けたかったまさにその人物、隆之が立っている。
「たたた隆之さん、び、びっくりさせないでください!」
思わず彼を名前で呼び抗議すると、彼は目を細めて由梨を睨んだ。
「俺の姿を見て、慌てて逃げていく社員がいたから追いかけてきたんだよ」
「バ……!」
バレていた!と由梨は彼から目を逸らす。
由梨が入口に姿を見せたのはほんの一瞬だったのに、あいかわらず憎らしいくらいにめざとい。
「どうして逃げたんだ? 言ってごらん、由梨」
にっこりと優雅に微笑んで、優しく問いかけられても、そのまま本当のことを言うわけにはいかなかった。
「な、なにもありません。ただ、私たちふたりが一緒にいるとどうしても注目されてしまうようですから、なるべく顔を合わせない方がいいのかなと思っただけです」
核心部分はぼかしながら、大体の事情を伝えると隆之が「なんだそんなこと」と言って肩をすくめた。
「今さら」
「でも……」
「もう皆見慣れてるよ。それに由梨のお願い通り、会社では話しかけないようにしているだろう?」
気にしすぎだと笑って由梨の頭を撫でている。そんな彼を見ていたら、確かに自意識過剰かもしれないという気持ちが心の中に生まれる。
そうだ、彼は彼にしかできない重要な役割を担っている人なのだ。
恥ずかしいからなどという理由で、企画課に来ないでくれというわけにいかない。
そんなことで足を引っ張るわけには……。
「そうですね、変なこと言ってごめんなさい」
少ししょんぼりとして謝ると、彼は由梨の頭を撫でながら、肩をすくめた。
「ま、他の社員の目が気になるのは仕方がない。でもこんな風に暖房が効いていない場所に逃げ込んだり、慌てて走ったりはしないように」
少し心配そうにひと言付け加える隆之に、由梨の胸が温かくなる。
同時に少し申し訳ない気持ちになってしまう。
こんなに大切に思われているのに、会社では話しかけないでほしいなどという由梨のお願いは、ひょっとしたらひどいものだったのではないだろうか。
べつにこのお願いがなくとも、仕事中の彼が由梨に話があるなんてことは滅多にない。企画課へ来た際も大抵は陽二や黒瀬と話をしている。
なのにわざわざ、会社では話しかけないでとあらかじめ釘を刺すなんて……。
「あの、隆之さん」
「ん?」
「……は、話しかけないでなんて言って……ごめんなさい」
素直にそう謝ると、隆之はフッと笑って首を横に振った。
「いや、いいよ。由梨の気持ちはわかるから」
気にしていない様子の彼に、由梨はホッと安堵する。
でもその次の言葉に、え?となって眉を寄せた。
「俺は見ているだけで満足だ」
見てるだけで満足だ。
見てるだけで……。
……と、いうことは。
やっぱり彼は由梨を見てるんじゃないか‼︎
「た……! あ、あのっ……!」
「じゃあ、俺は会議があるから。由梨ももう戻れ、ここは寒い」
そう言って、もう一度由梨の頭をぽんぽんとして、彼はエレベーターの方へ去っていく。
その背中を、唖然として見送って、由梨は自動販売機に手をついた。
言えるわけがない。
見るのもやめてくれだなんて……!
……やっぱりしばらくは、彼が企画課へ来る時は、ここに隠れていようかな。
そんなことを考えて、由梨は深いため息をついた。
総務課の社員だけならこのくらいの噂は想定内。
フロアが違うから構わないと、どこかでたかを括っていた。
でも営業部の社員までそんな目で由梨と隆之を見ているとは!
頭から煙を出しながら、由梨は廊下を企画課を目指して足早に進む。
そして企画課があるフロアへ足を踏み入れようとした瞬間、あるものに気が付いて慌てて回れ右をする。
駆け足で廊下を戻り自動販売機コーナーへ逃げ込んだ。
「あ、危なかった……!」
隆之がいたのである。
よりによってこのタイミングで……!
……でもなんとか避けられてよかったと一応は胸を撫で下ろす。
もちろん毎回こうするわけにはいかないけれど、とにかく今は会いたくなかった。
自動販売機の影に隠れて由梨はドキドキする胸に手を当てる。深呼吸をして呼吸を整えた。
それにしても。
企画課へ来た際、彼が由梨を見ているという話は本当なのだろうか。
まさか噂で言われてるようなそういう目で見ているとは思わないが、もしも事実だとしたら……と、そんなことを考えながら由梨はそうっと廊下の方へ顔を出す。
「もういなくなったかな」
——そこへ。
「誰がだ?」
「きゃあ!」
突然声をかけられて飛び上がるほど驚いた。恐る恐る振り返ると、由梨が避けたかったまさにその人物、隆之が立っている。
「たたた隆之さん、び、びっくりさせないでください!」
思わず彼を名前で呼び抗議すると、彼は目を細めて由梨を睨んだ。
「俺の姿を見て、慌てて逃げていく社員がいたから追いかけてきたんだよ」
「バ……!」
バレていた!と由梨は彼から目を逸らす。
由梨が入口に姿を見せたのはほんの一瞬だったのに、あいかわらず憎らしいくらいにめざとい。
「どうして逃げたんだ? 言ってごらん、由梨」
にっこりと優雅に微笑んで、優しく問いかけられても、そのまま本当のことを言うわけにはいかなかった。
「な、なにもありません。ただ、私たちふたりが一緒にいるとどうしても注目されてしまうようですから、なるべく顔を合わせない方がいいのかなと思っただけです」
核心部分はぼかしながら、大体の事情を伝えると隆之が「なんだそんなこと」と言って肩をすくめた。
「今さら」
「でも……」
「もう皆見慣れてるよ。それに由梨のお願い通り、会社では話しかけないようにしているだろう?」
気にしすぎだと笑って由梨の頭を撫でている。そんな彼を見ていたら、確かに自意識過剰かもしれないという気持ちが心の中に生まれる。
そうだ、彼は彼にしかできない重要な役割を担っている人なのだ。
恥ずかしいからなどという理由で、企画課に来ないでくれというわけにいかない。
そんなことで足を引っ張るわけには……。
「そうですね、変なこと言ってごめんなさい」
少ししょんぼりとして謝ると、彼は由梨の頭を撫でながら、肩をすくめた。
「ま、他の社員の目が気になるのは仕方がない。でもこんな風に暖房が効いていない場所に逃げ込んだり、慌てて走ったりはしないように」
少し心配そうにひと言付け加える隆之に、由梨の胸が温かくなる。
同時に少し申し訳ない気持ちになってしまう。
こんなに大切に思われているのに、会社では話しかけないでほしいなどという由梨のお願いは、ひょっとしたらひどいものだったのではないだろうか。
べつにこのお願いがなくとも、仕事中の彼が由梨に話があるなんてことは滅多にない。企画課へ来た際も大抵は陽二や黒瀬と話をしている。
なのにわざわざ、会社では話しかけないでとあらかじめ釘を刺すなんて……。
「あの、隆之さん」
「ん?」
「……は、話しかけないでなんて言って……ごめんなさい」
素直にそう謝ると、隆之はフッと笑って首を横に振った。
「いや、いいよ。由梨の気持ちはわかるから」
気にしていない様子の彼に、由梨はホッと安堵する。
でもその次の言葉に、え?となって眉を寄せた。
「俺は見ているだけで満足だ」
見てるだけで満足だ。
見てるだけで……。
……と、いうことは。
やっぱり彼は由梨を見てるんじゃないか‼︎
「た……! あ、あのっ……!」
「じゃあ、俺は会議があるから。由梨ももう戻れ、ここは寒い」
そう言って、もう一度由梨の頭をぽんぽんとして、彼はエレベーターの方へ去っていく。
その背中を、唖然として見送って、由梨は自動販売機に手をついた。
言えるわけがない。
見るのもやめてくれだなんて……!
……やっぱりしばらくは、彼が企画課へ来る時は、ここに隠れていようかな。
そんなことを考えて、由梨は深いため息をついた。