課長に恋してます!
 粥屋を出た後、石上と一緒に課長のマンションにもう一度足を運んだ。
 インターホンを何度か押してみたけど、やっぱり課長は留守だった。

「いないな」
 石上がため息をついた。

「どこに行ってるんだろ?」
「長野かな」

 石上が言った。

「長野?」
「娘さんが入院してるから長野に帰れたら帰るって言ってた気がする」
「なんでそういう大事な事、言わないのよ」
「今思い出したんだよ」
「……長野に行っちゃったのかな」

 香港まで来たのが急にむなしくなった。

「完全にすれ違ったな」
「石上!」
「何だよ」
「航空券交換して!石上は今から日本に帰るんでしょ?私は明日だから」

 石上が目を丸くした。

「私、長野に行く」
「課長に迷惑がかかるだろ」
「だって、会いたいんだもん」
「一瀬、落ち着け!今日帰ってもすれ違う。課長の長野の家だってわからないし、娘さんが入院してる所も知らないだろ?」

 石上の言う通りだった。

「でも、会いたい」

 涙が溢れた。

「これも運命だ。諦めろ」
「さっきは頑張れって言ってくれたじゃない」
「課長がいないんだから頑張れないだろ。これは神様が会うなって言ってるんだよ。俺はそういう時は無理はしないんだ」

 石上がインターホンの前から立ち去る。

「どこ行くの?」
「空港だよ。もう行かないと」

 石上が歩き出す。
 力が抜けたようにその場に立っていた。
 これ以上、何も出来ない。

「一瀬」

 石上の声がした。
 振り向くと、石上が側まで戻って来た。

「玉砕覚悟だってさっき言ったよな。つまり課長を諦める気で会いに来たのか?」
「そうだよ」
「じゃあ、これでお終いだな」

 お終いという言葉に胸がしめつけられる。

「石上はやっぱりいじめっ子だよね」
「お前をいじめるのが生きがいだからな。欲しいか、この航空券」

 石上が上着のポケットから出した航空券を見せびらかすようにひらひらする。
 石上の前に回り込んで、土下座した。

「お願い」
「何のマネだよ」
「お願いします! 航空券交換して下さい! バカな事をしているのはわかってる。でも、まだ諦めたくないの。お願いします。何でも言う事聞くから」
「じゃあ、俺と結婚するか?」

 石上が挑むような目で見てくる。

「それって、課長と会えなかったらって意味だよね?」

 私は石上の目を真っすぐに見つめ返した。

「ああ。この航空券で羽田に帰って、それでも課長と会えなかったら、俺と結婚だ。そこまでの覚悟があるなら譲ってやる」
「わかった。その条件でいい」
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