課長に恋してます!
 午後の便で香港を発つ予定だった。
 幸一さんは忙しい仕事の合間を縫って、空港まで見送りに駆けつけてくれた。
 見慣れた紺色のスーツを完璧に着こなした幸一さんは、胸がキュンとするほど素敵だった。
 
 こうして仕事モードになっている彼の姿が、昔から大好きだった。
 幸一さんの下でがむしゃらに働けた日々が、今では宝物のように思える。

 上司としての彼は、時にハッキリと厳しいことも言う人だったけれど、いつも私を信じて、大切な仕事を任せてくれた。

『一瀬君ならできるよ』

 これまで、何度その言葉に力を与えられ、救われてきただろう。

「課長、ありがとうございます。課長の下で働けて本当に幸せでした」

 真っすぐ見つめて口にすると、幸一さんが一瞬、面食らったような顔をした。

「急にどうしたの?」
「スーツ姿の幸一さんを見ると思い出すんです。部下だった時の事。課長に出会えたおかげで仕事、頑張れました」
「一瀬君ありがとう。僕の方こそ、君に助けてもらったよ」

 幸一さんが優しい上司の表情に戻り、労うように右手を差し出してきた。
 その手を強く握りしめた次の瞬間、ぐい、と強く引っ張られた。
 よろめいた私は、そのまま幸一さんの胸に抱きしめられる格好になる。

「今週末は予定通り帰るから、お花見と温泉楽しみにしてる」

 大勢の人が行き交うロビーの中で、耳元で囁く幸一さんの声だけがハッキリと聞こえた。

「今から温泉宿見つかるかな」
「見つからなかったら、美月の所、泊まる」
「掃除しなきゃ」

 幸一さんがふふっと笑った。

「じゃあ、気をつけて」
「幸一さんも」

 名残惜しさを振り切るように、出国ゲートの方へと足を向けた。
 一度だけ幸一さんの方を振り向くと、彼は優しい笑顔で大きく手を振ってくれていた。
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