課長に恋してます!
「課長、どうしたんですか。急に黙り込んで」
「いや、月が綺麗だと思って」
 咄嗟に誤魔化した。琥珀色の満月が出ていた。

「夏目漱石ですか?」
「え?」
「ほら、アイ・ラブ・ユーを月が綺麗ですねって漱石が訳したって話、知りません?けっこう、有名ですよ」
「ああ、聞いた事ある」
「課長、月が綺麗ですね」
 一瀬君が立ち止まって言った。

「月、綺麗だね」
「違いますよ。その意味じゃないんです。私が言いたいのは……」

 一瀬君が大きな目で見つめてくる。とても真剣な目だった。
 
 何を言いたいのかわかった。
 やっぱりあの朝の告白は聞き違いではなかったんだ。

 ちゃんと返事をしなければいけない。

「ごめんなさい。何でもないです。今の、忘れて下さい。課長、このまま真っすぐでいいんですか?」 
「うん。真っすぐで。コンビニの先にある、茶色のマンション」
「わかりました。先に行ってます」

 一瀬君が急に走り出した。
< 29 / 174 >

この作品をシェア

pagetop