課長に恋してます!
 電話を切った後、葵にメールを出そうとしたが、文面が浮かばない。
 香港での事を何か書いた方がいいかと思うが、熱のある頭では浮かばなかった。

 気づくと夢を見ていた。
 夢だと思ったのは、妻の、ゆり子が出て来たからだ。
 29才の、出会ったばかりのゆり子の姿で出て来た。
 場所は初めてゆり子を見た、大学の最寄り駅。
 駅には人だかりが出来ていた。

 足を止め、みんなが見ている方を見ると、グランドピアノがあった。
 紺色のドレスの女性が出て来て、お辞儀をした。
 そして、ピアノの音色が駅全体を包み込むように鳴った。

 聴いた事のある曲だった。
 確か、ドビュッシーの『月の光』
 柔らかく、繊細な音色に釘付けになった。
 演奏が終わった頃には完全に心を奪われていた。
 ピアノを聴いて、こんなに胸が締め付けられた事はなかった。
 
 演奏が終わったばかりの彼女に、言葉にならない感激を伝えようと駆け寄ると、近くにいた人からチラシを渡された。
 それは音楽教室の生徒募集のチラシだった。

 ピアノ科の講師の所に彼女の顔と名前が載っていた。
 名前は佐々木ゆり子とあった。
 
 コンサートは駅ビルに入っていた音楽教室のイベントだった事を理解した。
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