課長に恋してます!
「それじゃあ、行きますね」
 
 三十分程で仕度を終えた一瀬君がキャリーバッグを持って玄関に行くのを追いかけた。
 見送りはいいと言われたが、離れがたい気持ちでいっぱいだった。

「本当にストーブの代金だけでいいの?」

 一瀬君はそれ以上は受け取ってくれなかった。

「次会った時はご飯でもご馳走して下さい。それで十分です」

 ニコッと微笑んだ笑顔に寂しさが募る。
 もう少しいればと何度も喉の奥から言葉が飛び出そうになった。

 しかし、僕には引き止める権利はない。

「じゃあ、課長、ぶり返さないように気をつけて下さいね」
「一瀬君も体調に気をつけて」
「あ、そうだ」

 一瀬君が思い出したようにグレーのコートのポケットから手のひらサイズのピンク色の包みを取り出した。

「チョコレートです。昨日はバレンタインデーだったから。どうぞ」
「もらっていいの?」
「安心して下さい。義理チョコです」

 一瀬君が笑った。
 義理チョコって言葉にガッカリする。

 僕は一瀬君をふった訳だし。
 いつまでも想ってくれているなんて都合が良過ぎるよな。

「ありがとう」
「じゃあ、失礼します」

 ドアが閉まり、一人になった。

 もらったチョコレートを見つめながら思いが募っていく。

 もっと一瀬君といたかった。
 東京で一瀬君が元気に過ごしているか聞きたかったし、香港の街を案内したかった。

  だが、自分にはそんな資格はない。
 そう思うのに、一瀬君の顔が浮かぶ。
 次はいつ会えるかわからない。

 せめて飛行機の時間まで一緒にいたい。

 まだ間に合うかもしれない。
 玄関ドアを開けて、一瀬君を追った。
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