失われた断片・グラスとリチャード
「フランス語とか、家庭教師の宿題を、お嬢様の代わりに、やりました。
あと、刺繍も・・・」
仕方なさげに、
目を伏せて、グレイスは答えた。

「はぁ・・」
リチャードは、脱力した。

グレイスは、貴族の令嬢を、
完璧に演じられるだけの教養も、
身につけていたのだ。

この娘は頭がよく、飲み込みも早い。
一回、見たり、聞いたりすれば、
覚えてしまい、
すぐにこなすことが、できるのだろう。

馬車が館につくと、リチャードは言った。
「鍵を渡す。
これから、客間を使え」

この令嬢を、門番小屋で寝かせるわけにはいかないだろう。

「でも・・旦那様」
グレイスはためらっている。

「言われた通りにしろ。
門番小屋では、そのドレスが汚れてしまう」

「わかりました」
グレイスが頭を下げた。

ドレスを、口実にしたが、
本音は、粗末な門番小屋に、
彼女を寝かせたくなかったのだ。

あの時、抱いた感情を
リチャードは、持て余していた。

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