京都鴨川まねき亭~化け猫さまの愛され仮嫁~
「これくらいは知っておいて当たりだ。嫁のことだからな」
「へ……?今なんて……?」
「知っていて当然」
「や、その後の」

 自分の聞き間違いであってほしい。一縷の望みを込めてじっと見つめる。

「嫁のこと」
「そ、それです! なんですか、嫁って……私は就職の面接に来たんですけど……」
「ああ、たしかに就職だ――頭に“永久”がつくな」
「えぇっ!」

 “面接”だと思って来たのに、それが実は“見合い”だったなんてとんでもない。自分が欲しいのは自力で生きていくための収入であって、間違っても結婚相手ではないのだ。

「話が違うようなので、私はこれで!」

 すばやくきびすを返したところで腕を掴まれた。力任せにグイッと引っぱられ、次の瞬間、背中を壁に押しつけられた。

「なっ、なにを――っ」

 抗議の言葉を遮るように、千里が璃世の顔の横に「ダンッ」と音を立てて思いきり手をつく。

「な、なにするんですかっ!」
「なにって……夫婦(めおと)になる契り?」

 微笑みながら小首をかしげられ、頭がクラッとする。これはもしや、貞操の危機感というやつなのか。そんなの冗談じゃない。

 我に返って必死に目の前の男を睨みつける。

「意味が分かりません! とにかく今すぐ離れてください! なにかしたら警察呼びますから!」
「呼べるもんなら呼んでみな」
「なっ……」

 なにそれ! と思った瞬間、思い出した。携帯は故障中だ。警察なんて呼べるはずない。けれどこの人はそのことを知らないはずなのに。

 ますます意味がわからなくて、いいかげん頭がショートしかけている。それでもなんとか平静を保とうと眉間に力を込めたところで、突然あごを掴まれクイッと上向かされた。
 可動域いっぱいまでまぶたを持ち上げた璃世を見て、千里がクッと短く笑う。

 真の意味、“目と鼻の先”で。
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