京都鴨川まねき亭~化け猫さまの愛され仮嫁~
「み、み、み……耳っ!」

 千里の頭の上に、黒い毛に覆われた三角形の耳がついている。
 さっきまで普通だった虹彩が今は琥珀色に。黒い瞳の部分は縦に細長くなり、まさにネコのそれだ。

「本気で俺を怒らせたら、ウサギの一匹や二匹、くびり殺すくらい造作もないんだぞ」
「おできになるのならそうすればよろしくてよ。でもその瞬間、あなたは間違いなく神のお怒りを買って、地獄に墜ちることになるでしょうけれど」
「言ったな……望むところだ!」

 一瞬即発というほど張り詰めた雰囲気でにらみ合う人外の者たち。璃世の存在など忘れているのか気にも留めていない。
 逃げるなら今だと頭の中の自分が言うのだけれど、ガクガクと震えている足を一歩でも動かしたら、腰が抜けてしまいそうなのだ。

(どうしよう、どうしたら……)

 その言葉だけが脳内をグルグルと回り、パニックで頭が真っ白になりかけた、そのとき。

「神だろうと閻魔だろうと、気に入らねぇやつに出す茶はねえ!」

 耳に聞こえた言葉になにかが「プツン」と音を立てて切れた。

「接客の基本は『笑顔・真心・おもてなし』! お客様は神様なり!」

 璃世の大声にふたりがピタリと動きを止めた。大小ふたつの双眸が璃世のことをまじまじと見つめてくる。

(も、もしかしてなにかまずいことでも言っちゃった……?)

 背中に冷たい汗がツーと伝い、今度こそダッシュで逃げ出そうかと思った次の瞬間、満面の笑みを浮かべた千里が抱き着いてきた。

「ちょっ、なにすんのっ!」
「さすが俺の見込んだ嫁!」
「離して! 嫁じゃないから!」

 千里の腕の中でジタバタと暴れる璃世の足元で、白ウサギが高らかな笑い声を上げる。

「セクハラ撲滅!」とこぶしを握りしめた瞬間、口から人生最大レベルのくしゃみが飛び出した。

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