ヒロインよ、王太子ルートを選べ!
「コレット。心配したよ、急に編み物はもう終わりだなんて言うから」


 私が応接間に入ると、師匠が立ち上がって迎えてくれます。

 慌てて来てくれたのでしょう、髪の毛にたくさん毛糸のクズが付いたままですね。


「師匠、申し訳ありませんでした。この二週間でたくさん教えて頂いたので、あとは一人でできそうです。短期間に色々とありがとうございました」
「お友達へのプレゼントとは別に、もう一セット作っていたようだけど……何か事情が? この前店を訪ねて来た男と、何かあった? アランは、僕の同級生なんだ」


 アランと師匠が同級生……。ということは、きっと師匠はレオ様のこともよくご存じなのね? ああ、でもこれでスッキリしました。師匠のことをどこかで見たことがあると思っていたんです。きっと私とも、学園内ですれ違ったりしていたのだわ。


「アランとは特に何もありませんわ。同級生だったのなら、ご存じでしょう? 私は、レオナルド王太子殿下の婚約者です」
「……うん、実は知っていたよ。君が初めて店に来た時から。君は王太子殿下の婚約者のコレット・リード。そして、君のお兄さんはジェレミー・リードだね。昔から、よく知っているよ」


 今の師匠の表情はよく分かりません。『目は口ほどにものを言う』とはよく言ったものですね。目がいつも『3』だと、何を考えているのか相手に伝わらないんだわ。


「レオナルド殿下の側妃の噂の事も……ウェンディから聞いてる。色々とショックだったよね。だから、編み物をしながらいつもふさぎこんでいたんだね」
「……それは……そうかもしれませんわね。でも、編み物はとても気分転換になりましたわ」


 メイがお茶を運んできたので、私たちは向かい合って椅子に腰かけます。


「この前も言ったけど……時には逃げたっていいんだよ。
そうだ! グランジュールの東のエアトンという街に、花の色で布を染めて、その布で洋服やハンカチを作れる場所があるんだ。そこにしか咲かない紅色の花で染めるんだけど、とっても美しいよ。どうせ二週間後に嫌なことがやって来るなら、その前に楽しんでおこうよ。僕と一緒に行かない?」
「……師匠と、一緒に?!」


 さすがに未婚の男女で一緒に遠方まで出かけるわけにはいきません。だって、以前にも私は変な噂を立てられたことがありますし。メイのせいですけど。


「そんなに躊躇しないで! メイも一緒にくればいいじゃないか。もし良ければウェンディも呼ぶよ。コレットに、そんな暗い顔で残り二週間を過ごしてほしくないんだ」
「でも……」


 紅で染めた布なんて珍しいし、きっと美しいでしょう。王家の象徴の色である赤色にも近いから、レオ様の誕生日プレゼントとしてお渡しできたら素敵かもしれない。でも、悪役令嬢として正々堂々と断罪を受けることを決めた私が、断罪前に楽しく友人と旅行なんて……許されることかしら?

 私が返事をできずに迷っていると、師匠が私の側に跪き、私の左手を取って言います。


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