どうしても君に伝えたいことがある
第10章 切望
 ついに今日は卒業式。いつもよりも制服をちゃんと着る。髪の毛もいつもならおろして行ってるけど、髪も校則に従って束ねる。私はいつもよりもちょっと遅い時間に登校する。お母さんは卒業式が始まる時間くらいに来るのと、車で行くらしいから別々に行く。お母さんは玄関まで来てくれて「いってらっしゃい。」といつもの笑顔で言った。そして寝癖のついた、めっちゃ寝起きのお父さんがカスカスの声で「渚、いってらしっしゃい。」と言ってくれた。その光景を見て少し笑って「いってきます。」と私は勢いよく家を出た。お父さんはわたしが家を出てから、起きるしリビングに降りてくる。だから今日は私を見送るために、早起きしてくれたんだろうな。毎朝早起きして、電車に乗って歩いて行くのは面倒くさいと思ってた。それなのに、こうやって登校するのも今日が最後だと思うとすごく寂しい。


 学校に着くといつもギリギリに来る花音ちゃんが、珍しく私よりも先にいた。花音ちゃん以外も私より早くてびっくり。教室は、既に生徒でいっぱいだった。「おはよう。」と声かけるとみんな『おはよー。』と返してくれる。みんなちょっとでも話す時間が欲しくて、いつもよりも早い時間に来たみたい。そして私はリュックから手紙を出して、机の中に入れる。「みんな持ってきた?」と莉奈ちゃんが尋ねる、それに対して私たちはみんな自信満々な顔をした。そしてみんな手の中には手紙があった。私たちが離れてしまうから、1人1人に手紙を書いて、伝えたいことをちゃんと伝えようということになった。卒業アルバムのメッセージはそんなに長く書いていないから、手紙で長々と書くことにした。「じゃあ交換会だね。」と私が言って、それぞれ手紙を渡す。帰ってから読んで、大切にしようと思った。


 卒業文集がそれぞれの机の上に置いてあって、自分の文章が少し恥ずかしいことを思い出す。

『3年間お世話になった方々、ありがとうございました。私は周りの人に恵まれていると思います。たくさんの人が私のことを支えてくれました。
 まずは先生方、私が1人でやっていけるように様々なことを教えてくださいました。優しく、時には厳しくご指導していただきました。
 そしてお父さん、お母さん。お父さんは朝から晩まで働いていて、その姿はとてもかっこいいです。お母さんは家のことを全部していて、いつも私のことを1番に考えてくれています。そんなお父さんとお母さんが大好きです。
 最後に大事な大事なお友達へ。私はあなたがいなかったら、こんなふうに楽しく過ごせなかったと思います。普段ふざけているのに、相談すると真剣に悩んでくれる姿が好きです。通話したり、ゲームしたり、あなたとの思い出は楽しいことしかありません。他愛無い話をしたり、ふざけ合う時間が大好きです。本当にありがとう。
 私は今までたくさん遠回りをしてきました。それでも私は遠回りしたことで気づけたことがたくさんあります。だから遠回りしてきたことを全然後悔していません。これからもまた、困難に直面することが何度もあると思います。その時はまたちょっと立ち止まったり、遠回りしながらでも進んで行こうと思います。』

 この文章を愛ちゃん達に見られると思うと、かなり恥ずかしい。お父さんとお母さん宛にも書いたけど、絶対に見せられない。何年後かに私が見て、この時の気持ちを思い出せれるだけでいいかな。みんな自分が書いた文章を読み終わったみたい。卒業文集の書いたの結構前だったから、どんなこと書いたか忘れてたからみんな読んでた。「帰ってからみんなの分読も。」なんて愛ちゃんは言った。ほんとに恥ずかしいからやめてほしいけど、みんなの手元にあるからどうにもできない。私はまた愛ちゃん達と話し始める。そんな時に一ノ瀬くんに「矢島さん、ちょっと今時間大丈夫?」と声をかけられた。「大丈夫だよ。」と言うと、「じゃあ、ちょっと場所移動しよっか。」と一ノ瀬くんは言った。私は一ノ瀬くんについて行って、教室から出た。

 人気の少ないところまで、一ノ瀬くんは私を連れて行った。「矢島さん、すごい急なんだけど、僕矢島さんのこと好きなんだよね。」と恥ずかしそうに言った。時間が止まったみたいだった。その言葉だけが頭の中に響いたけど、私の頭の片隅には吉野がいた。「一ノ瀬くんありがとう。えっと、でも、私ね。」となんて言えばいいのか分からなかった。「知ってるよ、吉野さん好きな人いるんでしょ?」と苦笑いで言われる。好きな人で特別な人という感じかな。でも吉野と学校では全然話してないから、そんなバレる要素無かったと思うんだけど。と考えていると「卒業文集読んですぐに分かったよ。」と笑われてしまった。確かに私の卒業文集はラブレターみたい。でも性別なんかわからないと思うし、さっきの反応で男子って分かったのかな。

 「そのことを知ってたけど、伝えたかったんだよね。矢島さんは最初あんまり喋らないんだなって思ってた。でも矢島さんは教室での様子見てると、仲良い人と喋ってる時はすごく楽しそうで。しかも困ってる人を見て、声かけれるのすごいいいなって思って、気づいたら矢島さんのことばっかり見てた。」
私は全然一ノ瀬くんの視線に気づいてなかった。一ノ瀬くんが確かによく話しかけてくれるなとは思っていたけど、それはクラスのみんなに優しいからだと思ってた。
「一ノ瀬くんが私にいっぱい話しかけてくれてすごく嬉しかったよ。最初あんまり話さなかったのは、人見知りだったからで。いっぱい話しかけてくれたおかげで、今は一ノ瀬くんと自然に話されるよ。でも、一ノ瀬くんは大事な友達だから。本当にありがとう。」と本心を伝えた。

 「伝えれて良かったよ。僕も東京の大学進学するから、時々連絡したりしてもいいかな?」と眉を下げて言う。「もちろん、いつでも連絡して来てね。」と私は笑顔で言った。「僕は職員室に行く用事があるからここで。」と一ノ瀬くんは私と別方向へ行った。「じゃあね。」と私も言って教室へ帰った。多分一ノ瀬くんは気まずくならないように、私に気を遣ってくれたんだよね。本当にありがとう。一ノ瀬くんのおかげで、吉野への気持ちを再確認できた気がする。教室に帰ると、花音ちゃんが「え、一ノ瀬くんに呼び出されたの何だったの?まさか告白じゃないよね?」と好奇心旺盛な顔で聞いてきた。「進学先近いから仲良くしてって。」と嘘は言ってはない。それからすぐに話題を変えて、普通に話し始める。


 私たちは朝のホームルームが始まるまでいっぱい話した。まだ春休み中も遊ぶ約束をしているけど、学校で制服を着て話すことはもう最後になる。だから高校生の私たちとしての思い出を1つでも残したい。そう思って、先生が来てもギリギリまで話し続けた。先生が来て、卒業式に出るにあたってコサージュが配られた。なんだか入学式を思い出して、懐かしいな。入学式に出た段階で、教室に行くのはもう無理って思ってた。ホームルームは体調悪いとか言って出なかったし。今こうやって教室で、友達と話しているのが不思議。


 卒業式が始まって、長い長いお話に眠たくなってきた。校長先生以外にも、話を聞かなくちゃいけないんなんて面倒くさい。寝ないようにだけ気をつけながら、ぼーっと壇上の上にいるPTA会長の方を見る。校長先生はお世話になったから、真面目に話を聞く。校長先生は、私が大学に合格したと報告しに行くとすごく喜んでくれた。私が報告する前に知っていたとは思うけど。校長先生はいつも生徒のことを気にかけてくれてて、大好き。


 いよいよ卒業証書授与になった。時間の関係上、名前を呼ばれた生徒はその場で立ち、クラス全員の名前が呼ばれ終わるまで待つ。そしてクラスの代表者、委員長の男女2名が代表として校長先生から卒業証書を貰うという感じだ。だからまあ返事するだけなんだけど、緊張する。1組は人数が少ないからすぐ終わり、2組3組と進み、ついに私たちの4組の番になった。先に男子が出席番号順で呼ばれて、その後に女子が呼ばれる。男子が終わって、だんだんと私の番が近づいてくる。「矢島渚。」という担任の先生の優しい声が聞こえると「はい。」と勢いよく返事して立ち上がる。そして代表者が呼ばれて壇上に上がるのを見て、一緒に礼をする。代表者が戻ってきて「着席。」という先生の声でクラス全員が座った。普通に返事できてよかった。

 次は5組、吉野のクラス。吉野が気だるそうに返事するのを期待しながら待つ。吉野の担任が「吉野樹。」と呼ぶが、吉野に返事はなく次の生徒の名前を呼び始めた。男女は席が離れているため、吉野がいるのか分からない。ただ返事の声が小さかったのか、休みなのか。そんなことを考えながら卒業式を過ごした。なんというか放心状態って感じだった。式が終わると、次はホームルームの時間になる。そのちょっとの時間に私は吉野のクラスへ向かった。いつもなら躊躇して話しかけれないけど、今日は5組の生徒らしき静かそうな女の子に「吉野って今日休みなの?」と尋ねた。するとその子は「吉野くんは、自由登校になってからずっとお休みで。」と答えた。「ありがとう。」とお礼を言って、立ち去ったけどますます分からなくなった。

 私はバレンタイン前の時に会ってる。なのに学校には来てなかったなんて、思いもしなかった。自由登校の間は全然会わないなんて思ってたけど、それは結構いつものことだし。トイレに行って、とりあえず吉野にメッセージを送る。「なんで休みなの?」とか「大丈夫?」とか。でも一向にメッセージを読まないから、電話をかける。聞こえるのはコール音だけ、しばらくすると不在着信という文字が表示される。時計を見るともうホームルームが始まる時間だったから、諦めて教室に戻った。


 ホームルームでは担任の先生の話と、委員長が作ってくれたビデオを見た。すごく楽しいけど、やっぱり頭の片隅には吉野がいて心の底からは楽しめてなかった。そしてクラスで写真を撮ったり、愛ちゃんたちと写真をいっぱい撮った。ほんとは吉野とも写真撮りたかった。みんな親と一緒に帰るから、ということで早めに帰った。私はお母さんに「ちょっと待ってて。」と言って、再びトイレでスマホを確認する。吉野から音沙汰はなかった。

 心配になって吉野の担任の先生に尋ねた。「吉野樹って何で卒業式に出てないんですか?」と先生は気まずそうな顔をして「いや、口止めされてるから。」と言った。口止めされてるってことは何かあるってことじゃん、って思って何度も先生に頭を下げる。「お願いします、教えてください。」と頭を下げている様子を、生徒が注目していたからか先生は「教えるよ。」と困った顔をしていた。
「吉野は病気の手術をするために、病院に入院してるんだ。それが自由登校期間くらいから被っててな。でも出席日数は足りてるから、卒業はちゃんとできてるぞ。」
途中からこの人は何言ってるんだろうって思った。「病気って何ですか。」淡々と聞いた。「ごめんな、そこまでは個人情報だから。そこまでは流石に教えられない。」と断られてしまった。「ありがとうございました。」と言ったのものの、私は頭の中がぐちゃぐちゃだった。頭の中が全然整理できてない。でもお母さんが待ってるから、早くお母さんのところに行かなきゃいけない。

 お母さんと車で家に帰る。私が悲しんでいる様子をお母さんは察してるみたい。何も話さずにいてくれる。でも悲しいのは、愛ちゃん達と離れることだと思ってるんだろうな。もちろんそれもあるけど、今は吉野のことしか考えられなかった。何で、どうしてという疑問しか浮かばない。家に着くと私は制服の姿のままで、勉強机の椅子に座った。そして今日学校で貰った卒業文集を開いて、5組のページを開く。そこから『吉野樹』という名前を見つける。そして吉野が書いた汚い字の文章を読む。


 『3年間ありがとうございました。僕は3年間でいい思い出を作れました。その思い出作りを手伝ってくれた人ありがとう。その人は僕と小学校の時委員会も一緒で、結構話していたのに覚えていてくれませんでした。僕が一方的に覚えていただけなんだろうけど、中学に入ってからずっと興味がありました。あなたとたくさん話せるようになって、毎日が楽しくなりました。僕に相談してきてくれて、頼ってくれたことすごく嬉しかった。僕は何のためか分からないけど、高校卒業するということを目標にしていました。卒業してから僕に就職や進学という道は、病気のせいで選ばせてもらえませんでした。当たり前のようにみんなが将来に向かっていく姿は、僕にとってはとても眩しいです。眩しすぎて目を背けたかったくらい。でも僕は現実に向き合わないといけません。現実に立ち向かうのは怖いけど、勇気をあなたにして貰いました。あなたは頑張りすぎるところがあるから、程々に大学生活を送ってください。僕はあなたが楽しんで生活しているということを信じて、頑張ります。何度言っても言い足りないけど、ありがとう。さようなら。』

 読みながら涙が溢れてきた。そして点と点が繋がった気がした。授業や行事に対して真面目に参加しないこと、就職が決まったと言わなかったこと。この前会った時に、痩せていて悲しい表情をしていたこと。それに私がバレンタインデーに、お菓子をあげるということを知ってて、ホワイトデーには会えないから、既にカップケーキをくれたこと。この文章は私に対して宛てられたものだ。小学校の時委員会が同じだったのは、未だに思い出せない。私は泣きながら小学校の卒業アルバムを取り出した。図書委員会のページには私と吉野が、同じ写真の中で写っていた。「はやく言ってよ、ばか。」と私は泣きながら笑っていた。


 まるで夢の中にいるみたいだった。信じられなくて、信じたくなくて。吉野が現実から目を背けたかった理由がよく分かる。私は吉野と話すようになってから、どんどんと私の世界は変わっていった。それまでは生きるのがしんどくて、辛くて、でもどうすることもできなくて。何年間もただただ逃げて逃げて、立ち止まってた。吉野がいてくれたから教室に行けるようになったし、そのおかげで成績が上がった。私があのままつばきにいたら、確実に今の大学の指定校推薦は貰えなかった。お父さんとも仲直りできた。それに愛ちゃん花音ちゃん、莉奈ちゃんっていう友達もできた。

 私は吉野のおかげでいつの間にか、学校も家でも過ごすことが楽しくなったんだよ。私だって吉野に伝えたいことがいっぱいあったのに、吉野だけ伝えてずるいよ。私の文章を吉野は読んでくれたかな、伝わってるのかな。私は吉野に助けてもらった。文集には『勇気をもらった』なんて書いてあるけど、吉野は優しいからそれが本当なのか分かんない。私は吉野から貰ったカップケーキを思い出して『カップケーキ バレンタイン 意味』と調べる。1番上に出てきた記事を開いて、下にスクロールする。そこに書いあった意味を見て、私はまた涙が止まらなくなった。吉野も私と同じことを考えてた。吉野もマカロンの意味、ちゃんと調べてくれたかな。次の日目がパンパンになるくらいに腫れるまで私は泣いていた。


 春休み中も、吉野から連絡が来ることはなかった。私は春休み中、引っ越し準備をしたり、愛ちゃん達とたくさん遊んでいた。愛ちゃん達からの手紙の内容は、すごく私にとって嬉しいことばかりだった。その手紙も卒業文集も、アルバムも東京に持って行く。そして私が東京に引っ越す日、お母さんも2週間ほど東京にいてくれる。その間、お父さんがちゃんと生活できるのか不安で仕方ないけど。おばあちゃんに、お父さんの家での様子を見に行って貰うようにお願いしようかな。飛行機に乗って、電車で家の最寄駅で降りる。それから不動産屋さんで、新居の鍵を貰う。そして家まで歩いて行って、スーツケースに入れていたお洋服をクローゼットにしまう。そして家電や家具が来るのを待つ。引っ越し業者さんには頼まずに、実家から段ボールで送った。その日はバタバタしてた。ひと通り部屋を掃除して、荷解きなどしてた。この日から2日くらいはずっとバタバタしてて、すごく疲れた。


 今日は大学の入学式。大学は高校と全然違って、人数が多いため入学式も2日間に分けられている。そして学部ごとに違うため、私の文学部は午前中からだ。慣れないスーツを着る。あんまり着る機会が無いだろうから、とりあえず従姉妹にスーツを借りた。なんかスーツを着ると一気に大人って感じがして、変な感じ。パンプスも慣れなくて、歩くと痛い。お母さんと入学式に参加する。保護者と生徒は離れたところにいるので、1人で心配。入学前からSNSで、お友達を作っている子が思ったよりも多いみたい。1人でいる私はなんだか肩身が狭かった。

 高校の時みたいに番号順に座るんじゃなくて、行った人順で座るみたいだった。私は隣の子に勇気を振り絞って話しかけようと思ったけど、両隣ともお友達なのか分からないけど、話してたから話しかけれなかった。このまま入学してからも、お友達が出来なかったらどうしようと私は不安になった。そんな落ち込んだ気分のまま入学式は終わった。お母さんは大学が始まっても最初の1週間はいてくれるから、その間は安心。でも大学の授業って高校と違って、90分あるし、履修登録とか分からないことだらけ。毎年ここの大学には指定校で、3人くらい田西から進学するらしい。だけど、今年は私1人だけみたいで相談する人も、知ってる人もいない。先輩だって関わらない人しかいなくて、連絡先知らないし。でも頑張るしかないって思って、気合いを入れる。


 今日が大学初日。私の学部は必修の授業がほとんどだから、最初の授業も必修の授業。少人数制が特徴だから、その必修の授業は高校の時みたいにクラス分けされてる。入学式にクラス分けの紙貰ったけど、学籍番号だけ見たって何も分かんない。まあそもそも名前とか知ってる人1人もいないんだけど。大学のホームページに載っている校内図を見て、授業がある教室を探す。迷子になりそうで心配。ここかなと思う教室に恐る恐る入ると、既にグループがいくつかできていた。私はグループの近くに行くのが怖くて、1人で隅の方に座った。

 3人席の左側に私は座って、小説を読んでいた。すると「あの、隣座ってもいい?」と話しかけてくれた。「うん、大丈夫だよ。」と小説を閉じてその子に答えた。「なんか入学式の時から、もうグループできてて早いよね。」とその子は眉を下げて言った。「分かる、焦っちゃうよね。私矢島渚って言うの、よろしくね。」と私は言った。「よろしく渚ちゃん。私は岡井美穂だよ。」それから授業が始まるまで、美穂ちゃんと話して連絡先も交換した。それから必修の授業は一緒に受けようって約束もできた。お友達ができてよかった、吉野にも美穂ちゃんっていうお友達ができたんだよって報告したいな。


 お母さんはもう家に帰っちゃう日。空港行きのバスに乗るお母さんを、バス乗り場まで見送りに行く。1人になるなんてまだ実感がない。最初一人暮らしするって決まった時は、ちょっと嬉しかった。1人になれる時間は多いし、インテリアとか好きなようにできるし。今は不安でしかないし、すごく寂しい。お母さんは「じゃあね、いつでも連絡していいからね。」と言って、バスの運転手さんにスーツケースを預けて、乗った。お母さんは私が見えるように窓際に座って、私に手を振る。私は既に悲しくて涙が出てきてしまう。でもお母さんに泣いてると思われるのが恥ずかしいから、下を向いている間に涙を拭う。バスが出発してお母さんが見えなくなると、私は涙が止まらなくなってしまった。

 新居に帰るまでも涙が止まらなくて、帰ってからもずっと泣いてた。1人でご飯食べるのってこんなに楽しくなかったっけ。お父さんと仲直りする前は、よく1人で晩御飯を食べたりしてたから慣れてたはずなんだけどな。仲直りしてからは、家族みんなでご飯食べてたからいつの間にか、そっちに慣れちゃったみたい。そんなことを考えながら、ご飯を食べる。お母さんと一緒に寝てたから1人で眠るのがすごく寂しい。つい吉野とのトーク履歴を開いてしまう。返事が来てないかなとか、メッセージ見てくれてないかなって。でも2月から何も変わってない。吉野もきっと頑張ってるんだよね、私も頑張らないとね。



 田西高校の卒業式から2年も経った。私は今大学2年生で、20歳になった。私は時々体調を崩すことはあるけど、大学も一人暮らしもなんとかやっていけていた。大学は美穂とずっと一緒にいて、単位も落とさなかったし。やっぱり興味あることを勉強するのは楽しい。将来やりたいことはまだ分からないけど、ゆっくりでいいからやりたいこと見つけられたらいいな。一人暮らしも最初はホームシックが酷くて、悲しかったけどしばらくすると慣れた。今でもちょっと寂しい時はあるけど、そういう時はお母さんに電話をかけていっぱい喋ってもらってる。

 年末年始は地元に帰ってきて過ごしている。私は毎回帰省するたびに、吉野と会っていた公園へと向かう。吉野とはまだ連絡が取れないまま、2年も経ってしまった。私は吉野が何の病気だったのか、手術は上手くいったのか、今何をしているのか何も知らない。もしかしたら会えるかもしれないというちょっとの期待を胸に、公園に行く。だけどまだ会えたことはないんだけどね。

 でも1週間後には成人式がある。もしかしたらそこでまた吉野に会えるかもしれない。吉野のことを知っている人がいるかもしれない。成人式は地元であるから、中学の人ばっかりで私は気まずくて行く気あんまりなかった。でも誰か吉野のことを知ってるかも、と思うと思い出作りにもなるし行こうと思う。


 もし吉野に会えたら、本当に色々と言いたいことがある。病気は大丈夫なのか、今何をしているとか聞きたい。それに私は吉野がいなくても頑張れたよ、元気でやってるし大学もちゃんと行ってるよって伝えたい。だけど、私に何も言わないでいなくなったことを怒りたい。ちょっとは相談して欲しかった、頼って欲しかった。私ばっかり吉野に頼って、吉野は全然相談してこないんだから。会えなくてもいいから、せめて連絡だけでもして欲しかったと。吉野と連絡が取れなくなって寂しかったこと、心配だったこととか。まだまだ言いたいことはある。でも何よりも吉野に伝えたい言葉がある。私は吉野にその言葉を言うために、胸の中で何度も何度も練習する。
< 10 / 10 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

公開作品はありません

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop