どうしても君に伝えたいことがある
第8章 青空


 修学旅行は東京と横浜に3泊4日。私は花音ちゃんと愛ちゃん、莉奈ちゃんと同じ班になった。同じ班の人と部屋も同じだから、すごく楽しかった。初日は、中華街でお昼ご飯を食べて、それから水族館に行った。ホテルに戻ってから、ホテルの部屋が大きくてみんなで探検した。みんなテンションが上がりすぎて、初日は全然眠らずに話ばっかりしたり、ゲームした。2日目は、夕方からある舞台観劇までは自由行動。班で動いてもいいし、バラバラというか違う班の子とも動いてもいいらしい。私たちは、4人で動いてた。地元には無い洋服屋さんのお店行ったり、コスメを買ったりした。その後に舞台観劇をした。すごく面白かったし、感動して、みんなで休憩時間の時にグッズ買った。2日目からは疲れすぎてて、みんなすぐに寝た。

 3日目は、遊園地で1日中過ごした。開園時間よりも早くに行って、開くのを待ってた。開園と同時に、どうしても乗りたい人気なアトラクションのところに行って並んだ。修学旅行生が私たちの他にもいたから平日だったけど、人は結構いた。だからその人気アトラクションも朝一で行ったのに、結構並んだ。私たちは疲れて、1日中もはいれなかった。本当は夜くらいまでいていいらしいんだけど、私たちはお昼ぐらいに疲れちゃって、5時とかにホテルに帰ってきた。それからホテルの中にあるコンビニで、好きなもの買って部屋でパーティした。みんなで食べたサーモンのお寿司すごく美味しかったな。
 
 保健室で吉野と話した通り、全然吉野とは会わなかった。すれ違いはしたのかもしれないけど、私は全く気づかなかった。それに修学旅行中はメッセージをしないっていう約束をしたからか、すごく寂しく感じた。修学旅行が終わってから、公園で話そうってなったからメッセージはしない。メッセージすると、そこで話すこと終わっちゃうかもしれないから、会って話そうってことで約束した。寂しいけど、会う約束もできてるから我慢する。


 4日目は、お台場の方でご飯を食べたり、買い物した。3時とかの飛行機に乗って帰るから、そんなに時間があるわけじゃなかった。だから私たちはお土産になるものを探したりして、ゆっくりしてた。そうしているうちに集合時間になって、集合場所に戻ってバスに乗る。そして空港に着いて、帰るという感じだった。あっという間に修学旅行は終わった。でもあっという間って感じられたのは、愛ちゃん達のおかげ。1人だったら絶対に早く帰りたいとか思ってただろうな。


 修学旅行が終わって2日後の土曜日に公園で会う約束をしていた。修学旅行の次の日の金曜日は休みで、ゆっくり休んでから会うことにしていた。私はその休みの日に、何を話そうかなーなんて考えながら過ごしてた。約束の時間が近づいてきて、なんだかそわそわする。今日は制服じゃないから何を着ていけばいいのか分かんなくて悩む。もう秋が近いから、半袖に羽織を持って行こ。こんな服で大丈夫かななんて、鏡の前で服を何回も着替える。もう約束の時間だし、これでいっか。急いで家を出て公園に行く。

 ベンチにはまだ吉野の姿はなく、早く来ないかなーなんてスマホを見たり公園の入り口を見たりする。そんなことをしていると、吉野が入り口で自転車を止めていた。吉野のとこに行って「ゆっくり休めた?」と尋ねる。「まあまあかな。ホテルで全然寝かせてもらえなかったし、昨日はずっと寝てた。」とまだ眠そうだった。吉野は自転車のカゴから袋を取って「これ食べよ。お土産。」ベンチの方へ歩いて行く。私は吉野について行って「私も修学旅行行ったのにお土産?」と笑いながら聞く。
「そう、矢島好きそうだなーって思って。俺も気になったから。」とまた優しいことを言う。私が気にしすぎないように、自分も食べたかったからなんて理由を付け足して言ってくれる。

 吉野のお土産はバウムクーヘンだった。それを食べながら修学旅行中の話をした。吉野とその友達の話は面白いことばっかりで、その話をする吉野はすごく笑顔だった。もう秋にもなるから、進学を決めなきゃいけないねっていう話になっていた。「俺は就職かなー。」と吉野は少し顔を曇らせて言う。「そうなの?就職は大変そうだよね。」その表情は就職活動が嫌なのかと思って言った。実際に就職する生徒たちは内部進学組よりも遥かに、やらなきゃいけないことが多いって聞いてたから。「矢島は余裕で内部進学の推薦貰えるよな。」と何故か吉野が自信たっぷりな顔をする。でも私は暗い表情で「うん、そうなんだけどね。」と言った。その表情から私が何か悩んでいると気づき「何で迷ってんの?」と尋ねてきた。

 「内部進学しても勉強したい学科が無くて、まあ県内にもないんだけど。それに先生は私の成績がこのまま落ちなかったら、指定校推薦も全然貰えるって。」担任の先生と1対1で進路の相談を前にした。その時に私が、内部進学しても勉強したい学科がないと言ったら、指定校推薦を貰えるという話をしてくれた。それでさらに悩み始めてしまった。「県外に出ることが悩み?」と尋ねられ、それは図星だった。やりたいことも決まってるし、ある程度行きたい大学も決めてる。それでも私が決められないのは、県外に出るということが1番の悩み。県外に出るっていうことは、一人暮らしをしなきゃいけない。私は体調が悪くなることも多いし、1人で頑張っていけるかな。それに県外に出たら吉野と離れると思ってるから。吉野は県外に出る気はないって言ってたから、進学でも就職でも県内に残る。だから離れてしまう。

 「でもさ、それってやりたいこと決まってんじゃないの?色々大変なこととかもあるだろうけどさ、矢島ならやってけるよ。」吉野じゃなければ、やっていけるとか無責任だなって思う。でも吉野は無責任じゃなく、本当に私ならやっていけると思っててくれる。その言葉が私を後押ししてくれた気がする。吉野が私の悩みの内容をどれだけ分かってくれてるかは分からないけど、吉野と離れるっていうのもどうにかなるよね。「ありがとう。」と吉野に笑いかける。私たちは進路の話をして、家に帰った。


 私の決心をお父さんとお母さんに話した。
「私はね、内部進学じゃなくて指定校推薦で県外の大学に行こうと思ってるの。県内の大学には勉強したいことが無いなら、大学に行くなら興味のあること勉強したい。」
真剣に私が考えていることを1つ1つ話した。お父さんはすごく驚いたみたいだけど、お母さんは分かってたみたいだった。お父さんは「行きたい大学はもう決めたのか?」とうろたえて聞く。
「うん、東京にある女子大に行きたい。私が勉強したい児童文学の学科があって。大阪とかにもあるんだけど、そこが1番いいなって思って。」

 さすがに東京って単語を出したからお母さんも驚いてた。「東京かぁ。遠いね。」とお母さんが悲しそうに言う。「それに一人暮らしが心配。」やっぱり心配されるよね。私も実際に心配だし。
「やりたいことがあるならそれを頑張ってやればいい。一人暮らしな心配するよりも、指定校推薦を貰うことを1番に今は頑張ればいい。」
とずっと黙っていたお父さんが静かに言った。お母さんもそれに同意した。「そうだね、まずは推薦貰ってから考えよっか。先生との進路面談も今度あるし。」お父さんとお母さんは、私の進路に対して賛成してくれた。東京で一人暮らしだなんてお金もかかるのに、そのことに対しては何も言わなかった。私の前では言ってないだけで、2人で相談してるかもしれないけど。そのことが嬉しい。

 推薦が貰えるかは分からないけど、そこを目指すって決めたから吉野には1番に知らせる。東京の大学に行くってメッセージを送った。吉野からは「よかったじゃん。」とだけ来た。表情も見れないし、声も聞こえないから、どんな気持ちでこのメッセージを送ったんだろうって考える。ちょっとは寂しいって思っててくれるのかな。


 東京の大学に行くって決めてから、あっという間に時間は過ぎて、年も変わって2月。今年も吉野にバレンタインのお菓子を渡そ。お誕生日プレゼントは何がいいか分からないから、甘いものなら喜ぶはず。吉野とバレンタインデーの次の日に公園で会う約束をした。今年はブラウニーにようかな、バレンタインだしチョコの方がいいよね。そう思って私はブラウニーを作った。またお父さんにも味見してもらって、反応が悪くなかったからこれ渡そ。

 吉野と会う日になって、ブラウニーをラッピングをして紙袋に入れる。公園に行って、吉野とまずは普通に近況報告をする。吉野の話は相変わらず面白い。あとは、久しぶりに一緒にゲームしたりした。それで「チョコあげる。お誕生日おめでと。」と吉野に紙袋を渡した。「ありがとう。」と子供みたいな無邪気な笑顔で言った。吉野はお菓子をあげるといつもその場で食べてくれて、感想を言ってくれる。「うま、また来年もよろしく。」と無邪気な笑顔で言ってくるから、私は断れなかった。それにまた来年も食べてくれるんだと思うと、とても嬉しかった。


 3年生になって本格的に進路と向き合う時間が増えた。ホームルームでは、系列大学の教授が来て専門的な授業をしたり、進路面談をした。3年生になっても吉野とはクラスが違ったまま。たけど担任の先生は一緒だし、愛ちゃんと花音ちゃん、莉奈ちゃんと同じクラスだった。担任の先生が配慮してくれたのかな、なんてみんなで先生に感謝した。

 先生には2年生の秋頃の段階で、その大学に行きたいって話をした。だから先生は、今の成績があれば十分だから、引き続きいい成績を取るようにと言われた。それに加えて児童文学の作品を読めるだけ読むことと言われた。そのことを意識して私は前よりも授業態度を良くしたり、テストの点数を上げたりなど。児童文学の作品を読むために、図書館や図書室に頻繁に通うようになっていた。そうやってだんだんと進路のことだけを考えるようになっていった。

 そのことから吉野とあんまり連絡を取らなくなった。私は家に帰ってからも、復習をしたり本を読んだりとあまり時間が割けなかった。吉野もそれは同じみたいで、就職活動のためにまずは企業を探したり、面接練習をしたりなど大変らしい。だからお互い段々連絡を取ることも無くなって、公園で会うことも無くなった。それでも私の誕生日の数日後には公園で会って、今年も誕生日プレゼントをくれた。私は吉野に何を渡したらいいか分かんないから、お菓子を定期的にあげてる。あとバレンタインデーのお菓子を誕生日プレゼントということにさせてもらってる。

 そんな中でも学校は楽しくて、高校最後の体育祭がもうすぐ迎えようとしていた。みんな高校最後ということでとても気合が入っている。内部進学が決まっている愛ちゃんは、応援団に入ったくらい。田西の伝統で、3年生は盆踊りという競技がある。競技というか、ダンスというか、何なのか分からないけど。今は体育の時間で、3年生全体で盆踊りの練習をしてる。本番は、女子も男子も浴衣を着て踊る。人数とか場所的にも、親に着付けてもらうことはできないらしい。だから友達同士で着付けをしなきゃいけなくて、着付けの練習もした。

 みんなこの為に浴衣を買ったりして、どんなのを着るとか盛り上がっていた。私は従姉妹から赤色の浴衣を貸してもらって、それを着る。私は玉入れと綱引きに参加することになった。でも大変な物でも無いから、練習もそんなに無いし出番も少ない。応援練習は大変だけど、当日はほどほどに暇な気がする。


 体育祭当日、お昼最後のプログラムの応援合戦が終わった。お昼は教室で愛ちゃん達と食べた。そして昼からの最初のプログラムは盆踊りだから、すぐに着付けを始めた。女子は着付けに加えて、髪の毛をヘアアレンジしたりとするのであんまり時間が足りない。だからみんな急いでやってた。着付けを終えて、下駄を履いて入場ゲートに並ぶ。男子と女子の2列に分かれて並んでいる。入場ゲートを入って男子は左方向に、女子は右方向に進んで円を作った。すると音楽が流れ始めて、踊る。この盆踊りは生徒よりも保護者が盛り上がっている気がする。円をぴったり1周するから、どこにいても自分の子供が観れる。だから好評で、毎年恒例なんだろうな。

 途中でお母さんを見つけた。お母さんの手にはビデオカメラがあって、恥ずかしいけどそっちの方を向いて、手を振った。プログラムが終わると、写真撮影が始まった。まずはクラスで撮って、その後はみんな自由に撮る。後輩とか仲良い友達とかと。私も愛ちゃんたちと写真を撮った。そんなことをしていると、莉奈ちゃんと花音ちゃんが出る競技の時間に近づいていた。みんなで急いで帰って、体操服に着替え直そうってなった。運動場から靴箱、教室まではちょっと距離があって、その距離を走った為めまいがした。私はみんなに迷惑かけたくないから、「ごめん、先行ってて。私もう競技出ないからゆっくり行くね。」と声をかけた。愛ちゃん達は「分かった。急がせてごめんね。」と言って走って教室へ行った。
 
 私はしんどくなって階段前で座り込んだ。写真撮影をしている人がまだ多いのか、全然人が通らなくて助けを求めれない。愛ちゃん達が戻ってくるまで待ってようと思っていたら「矢島、大丈夫?じゃないよな。」と上から声が聞こえた。顔を上げると吉野がいた。「保健室行くぞ。立てるか?」と手を差し出してくれるから、それにかなり体重をかけてしまう。吉野は私の腕を肩にまわして「体重かけていいから。」と言う。私はその言葉に甘えて吉野に体重をかける。保健室までそんなに距離は無いけど、吉野もまだ着替えてないみたいだし時間大丈夫かな。


 保健室に着くと、保健室の先生が「矢島さん、ベッドに寝ましょ。」と言った。吉野は私をベッドまで連れて行って、座らせてくれた。「ありがとう。」と私は言って、横になった。布団を吉野がかけてくれて、その様子を保健室の先生が見ていた。「矢島さんとりあえず水分補給して。先生ちょっと忙しいからあなたついててあげて。競技何か出るの?」
と吉野にペットボトルのスポーツドリンクと紙コップを渡して、尋ねていた。「もう閉会式出るのないんで、大丈夫です。」と言いながらペットボトルの蓋を開けた。「じゃあ矢島さんのこと任せたわよ。」と先生はベッドのカーテンを閉めた。

 吉野が注いでくれたスポーツドリンクを、体を起こして飲む。冷たくて美味しい。「矢島も、もう競技出るもんないの?」と吉野に尋ねられ「うん、ないよ。もうずっとゆっくりしようかな。」なんて笑うと「いいじゃん。俺もそうしようかな。」って子供みたいな顔で笑う。なんだかこの感じが懐かしい。「吉野は元気なんだから出なよ。」と私がお母さんみたいに言うと
「矢島とこうやって話すの久しぶりじゃん。こんなチャンス滅多にないし。矢島、浴衣でしんどくない?」ずるい。なんでこんなに優しくしてくれるんだろ、勘違いしちゃうじゃん。「確かに、久しぶりだよね。帯がきつくてしんどい。」平静を装って答えた。「俺、取りに行ってくるわ。矢島がいつも一緒にいる子達に声かけるよ。」なんて席を立とうとするから、「待って。」とつい吉野の手を掴んでしまう。

 吉野は私の言葉と行動によって歩みを止めて、私の方を見る。「お願いがあるの、浴衣の写真撮りたい。」恥ずかしくて下を向いて言った。吉野と写真を撮りたかったけど、運動場で2人で撮ってたら何て言われるか分かんないし。私はそういう噂されても困らないけど、吉野は困るかもしれない。だから運動場で吉野を見かけても、私は声をかけられなかった。吉野の浴衣姿かっこいいななんて思いながら、運動場で吉野を見てた。それに髪の毛を耳にかけてて、雰囲気が違って目が離せなかった。「いーよ。でもさ、矢島体調悪いんじゃないの?」なんてイタズラするような表情で、私の顔を覗いてきた。「一瞬だからいいの。」なんて可愛げなく言って、手を離した。

 吉野は浴衣の袖からスマホを出した。体育祭などの行事中は、スマホを校内で触ることは許可されている。吉野はスマホのカメラアプリを開いて、ベッドの横にある椅子に座った。そしてスマホを構えるけど、私と吉野には距離があって、私の顔が見切れていた。「矢島、もうちょっと右に寄って。」と言われたけど「右?左じゃなくて?」と答えた。スマホの内側のカメラから見ると、私は右にいて吉野は左にいる。だから私が右に動いたら更に見切れてしまう。「いーから。」と言うから、言われるがままに右に動いた。すると空いたスペースのベッドに吉野が座った。私と吉野の距離はすごく近かった。近過ぎてドキドキする。「せっかくの写真なんだから、笑えよ。」と吉野の声がすごく近くから聞こえる。分かってるけど、全然上手く笑えない。心臓の音が大きすぎて、シャッター音が聞こえなかった。
吉野はベッドから立ち上がり、「じゃあ体操服取ってくる。ついでに俺も着替えてくるから。」とこっちを振り向かずに、背を向けたまま出て行った。吉野の耳が真っ赤だったことに私は気づいてしまった。

 
 しばらくすると吉野は戻ってきて、いつも通りの感じで私に接していた。「はい、体操服。外出てるから終わったらメッセージして。」なんて言って吉野は保健室から出て行った。浴衣を脱いで、体操服に着替える。帯がきつかったから、すごく解放された気分。スマホの画面を見ると、吉野から写真とメッセージがきていた。「外、暑さぎ。やっぱ保健室でゆっくりしようかな。」というメッセージと共に、綺麗な青空の写真が送られていた。「じゃあ一緒にゆっくりしよ。着替え終わったから戻ってきていいよ。」と送った。そして青空の写真を保存して、写真フォルダのお気に入りに入れた。


 「運動場から撮った青空、どうだった?」と吉野は運動場に行っていたみたい。「綺麗だった、保存したもん。」なんて言うと吉野は笑った。「友達にサボってくるって言ってきた。保健室が涼しくて動きたくない。」と言って椅子に座った。閉会式まで競技はあと2個くらい。リレーが始まったからか、運動場はすごく騒がしい。私たちはみんながリレーで盛り上がっている中で、3年生になってからの出来事を話していた。「先生がいい人すぎて、去年高いアイス奢ってくれたじゃん。今日も結構期待してるんだよね。」と嬉しそうに言うと「いいなぁ。俺も4組の教室に行こうかな。」なんて真剣な顔で言う。吉野なら本当にやってもおかしくない。「いいじゃん、今日休みの人いるからアイスあるよ。吉野の分なのかも。」と私はふざけて言った。「その言い方的にはやっぱダメか。バレるよな。」と悲しそうに言う。お互い勉強や就活で疲れてて、久しぶりにこんなに楽しいと思った。閉会式も私たちはずっと話し続けていた。外のうるささも気にすることなく、笑ったり冗談を言ったりした。


 閉会式が終わって片付けが始まると、保健室の先生が帰ってきてしまったので吉野は仕方なく片付けへ行くことになった。だいぶ体調が良くなっていたけど、先生が大事をとってと言うことで休ませてくれた。片付けが終わった頃に教室に戻ると、愛ちゃん達が心配してくれていた。担任の先生が、高いアイスをクラス全員分買ってきてくれたのでそれをみんなで食べた。暑かったのが涼しくなったし、美味しくて最高。学校から出てスマホを見ると吉野から写真が送られてきていた。保健室で撮った写真だと察して、開くのに躊躇する。でも保存したいし、と思って開く。その写真は思ったよりも距離が近くて、また恥ずかしくなった。そこに写っている吉野はやっぱり、いつもと違う雰囲気でとてもかっこよかった。


 文化祭が終わると、指定校推薦が貰えたことを担任の先生から知らされた。私の行く大学は、指定校推薦だと志望理由書と、児童文学作品を読んでそれについてレポートを書くという内容だった。だから面接練習とかは必要なく、他の人よりも楽だと思う。それでも志望理由書とレポートを書くのは難しくて、放課後に残って書いたりしてた。その間はあんまり連絡取れない、と吉野にメッセージを送った。吉野から「分かった。頑張り過ぎるなよ。」とだけ返事が来た。レポートとかしんどいなって思った時に、その1文を見てやる気を出してた。


 そして志望理由書もレポートも書けて、担任の先生に書類と封筒を渡した。間違いがあったらいけないから、と先生と一通り確認する。そして大丈夫だったから、先生が郵便局から出してくれるって言ってくれた。あとは先生に任せて私は家に帰ってゆっくりした。こんなにゆっくりしたのは久しぶりな気がする。そして「志望理由書とレポート書けたから、落ち着いたよ。」と吉野にメッセージを送った。その日吉野からは返事が無かった。吉野は基本的に返事が早いから、忙しいんだって自分に言い聞かせながらも返事を待っていた。


 次の日の朝、吉野から「おつかれ。ごめん、今度は俺が忙しくなってきた。」と返事が来ていた。就活している人たちも忙しそうにしてるし、そうだよね。「わかった、頑張り過ぎないでよ。」と私も吉野に言われた言葉を送った。私はこの言葉に何度も救われたから、ちょっとでもこれで元気になれたらいいな。


 しばらくすると、先生から結果が届いたと言われた。先生から「合格です、矢島さんおめでとう。これから手続きとかあるから、それの話するね。」と嬉しそうに言った。私もとても嬉しいし、何よりほっとした。先生は合格通知の書類を見せてくれて、その他に入っている書類の説明をしてくれた。私は忘れそうだから、メモを取りながら先生の説明を聞く。帰ってお母さんに説明できるようにしなきゃいけない。


 もしかしたら落ちるかもしれないと私は思ってたから、愛ちゃん達にどこに行くか伝えてなかった。決まってから教えるとだけ言っていた。だから愛ちゃん達に東京の大学に合格したと言うと、喜んでくれたのと同時にすごく寂しがってくれた。「春までにいっぱい遊ぼ。」と花音ちゃんが言ってくれて、みんなで春になるまでいっぱい遊ぶことにした。吉野にも同じように「合格したよ。」とメッセージを送る。私と離れるのを、寂しがってくれてないかなと考えながら送った。吉野から返事が来たのは2日後で「おめでとう。」とだけ来ていた。

 12月には、お母さんと東京に物件を探しに行くことになった。お母さんとお父さんと体調のことで、寮に入るか迷ったけど寮はルールが厳しいから一人暮らしをすることにした。体調のことは、一人暮らししてみないとどうなるか分からない。だから心配してても仕方ないって思って、一人暮らししたいってお母さんとお父さんにお願いした。『無理し過ぎない、しんどい時は気にせず休む。』ということを条件に一人暮らしすることになった。

 田西から東京や関東へ進学する人は少なく、いても仲良い子じゃない。愛ちゃんは内部進学、莉奈ちゃんは県内の大学に進学、花音ちゃんは大阪の大学に進学が決まった。だからみんなとは離れるし、全く知らない土地に行くことに不安しかない。でも私がやりたいと思ったことだから、頑張ってみようと思う。頑張り過ぎないように頑張る、を大事に。


 12月になってお母さんと東京へ物件探しに行った。ホテルで1泊するようにしていたから、まずホテルに荷物を置きに行った。そして大学の最寄駅の近くにある、不動産屋さんを尋ねた。私が行く大学は少し街外れにあるから、都会すぎなくていい感じ。大学の最寄駅と大学の間くらいの場所でいい物件があって、お母さんはそこを事前にチェックしていた。お母さんは内見が好きらしく、私よりも楽しそうにしてた。その事前にチェックしていた物件と、もう一軒見てやっぱりチェックしてたところが良いってなって、そこに決めた。

 ホテルに戻った頃にはすっかり暗くて、近くにあるクリスマスツリーをお母さんと見に行った。スマホで写真を撮って、その写真を吉野に送った。自分からは連絡しないようにするって決めてたけど、なぜか吉野に見て欲しかった。返事が来たのは1週間後で、吉野からもどこにあるのか分からないクリスマスツリーの写真が送られてきた。その写真を保存して、お気に入りに登録した。


 新年が明けて、おじいちゃんたちの家に集まった時に従姉妹に東京の大学に進学すると伝えた。みーちゃんは去年、大阪にある専門学校へ進学していた。「え、渚ちゃん東京行くの?もっと会えなくなりそう。」と離れるからすごく寂しがってくれた。そして「絶対遊びに行くから、大阪も遊びきてよね。」と言ってもくれた。そんな風にお正月を過ごして、新学期を迎えた。


 私たち3年生は、2月から自由登校になって週に1回だけの登校になる。新学期になってから、学年末テストがあった。もう成績は大学に行かないらしいし、推薦が取り消しになることもない。でも私は3年間頑張ってきたから、最後も頑張りたいって思って必死に勉強した。いつもみたいにいっぱい勉強して、なるべくいい成績を取ろうとした。テストの点も順位も今までで1番良くて、良い締めくくりだと思った。


 そしてテストが終わると卒業式練習が始まった。私は体調の問題で、立ち続けてるとめまいを起こしてしまう。あと式の時に、立ったり座ったりを素早くしなきゃいけないのもしんどい。だから、式練習の時は無理しない程度に立つくらい。礼の練習をしたり、名前を呼ばれて壇上に上がって卒業証書を取りに行く練習をした。緊張して、声が裏返ったりしないか心配。


 期末テストが終わると、みんなもうテストがないことから解放されて盛り上がっていた。私は愛ちゃん達と離れる前にいっぱい遊んで、思い出を作っていた。愛ちゃんはみんなと離れるのが寂しくて、いっぱい遊ぼって誘ってくれた。みんなで毎日のように放課後寄り道して、買い食いしたりカラオケに行った。いっぱい写真も撮って、すごく楽しかった。

 
 私がそんな日々を過ごしている中、吉野とはまだ連絡が取れない。そのまま自由登校期間に入ってしまった。でも1月中に何度か学校で吉野の元気な姿を見たし、大丈夫ではあると思う。就活がまだ忙しいのかもしれないし、就職が決まってからの準備があるのかも。吉野からメッセージが来るまでは、自分からは送れない。最近は私から送ることが多くて、さすがに鬱陶しいと思われるかもしれない。そう思われるのは嫌だから待つしかないよね。


 吉野とも愛ちゃん達みたいに思い出いっぱい作りたかったな。まだ2月も3月もあるし、作れるかもしれないんだけど。このまま疎遠になってしまったら、と考えると寂しい。吉野とは楽しい思い出ばっかり。私が悲しんでる時や泣いてる時も、吉野と一緒にいたら全部楽しい思い出になった。吉野はいつも私のことを心配して、気にかけて、優しくしてくれる。自分のことのように私を心配したり、喜んだり、表情がコロコロ変わって面白い。

 
 私が今高校に楽しく通えてるのは吉野のおかげ。私の席の隣が吉野だったから、教室に行こうと思った。授業中真剣にギャルゲームやるような変な人だと最初は思ったけど。今も変な人で不思議な人だけど、それ以上に優しい人。そして無邪気な笑顔が可愛くて、たまに見せる真剣な顔がかっこいい。私は暇さえあれば、吉野と過ごした時間を思い出していた。私が不登校だった理由を話しても、真剣に聞いてくれて私の気持ちを分かってくれた。お父さんとの関係とのことも、軽蔑しないで聞いてくれた。


 吉野のおかげで、謝るよりもお礼を言う方がその人は喜んでくれることを知った。だから私は吉野にたくさんお礼を言った。それでもまだ足りないくらい吉野には色んなことを教えてもらったし、これからもそういうことが何回もある気がする。だから吉野と離れるのは嫌だし、今こうやって連絡が全然取れないのは寂しい。でも私が大学に進学して、吉野が就職したら今よりも連絡は取れなくなると思う。連絡は取れても滅多に会うこともできない。寂しいけど我慢しなくちゃいけない。今よりもずっと寂しくなるんだから、そう自分に言い聞かせる。吉野、会いたいよ、話したいよ。いっぱいいっぱい吉野に聞いてほしいことがあるんだよ。
< 8 / 10 >

この作品をシェア

pagetop