合意的不倫関係のススメ
夫婦のことは、その夫婦にしか分からない。順風満帆、円満な家庭に見えても、蓋を開ければそうではないかもしれない。そしてまた、その逆も。

「ねぇ茜、これ凄い美味しい!」
「簡単なんだよ、これは…」

経験のない私には、つわりというものは知識としてしか知らない。あって辛いよりもない方がいいと思うけれど、美空の言う通りあまり感じられないのも不安なのかもしれない。

きっと、全てのことが不安に繋がるのだろう。それは自身の中に宿る小さな命が、大切だからこそ。

無事に出産を終えても、それは始まりに過ぎない。年月を重ねるごとにその悩みも変化し、いつまでも尽きることはない。

悩み苦しむことは、必ずしも不幸とイコールで結ばれているわけではないのだ。

まだ膨らみの少ない美空のお腹に視線を移しては、その度に言いようのない感情が沸き起こる。他人の私でさえそうなのだから、当人達は更に思うものがあるだろう。

親というものは、本当に偉大な存在。

けれどやはり、私はあの人に今更感謝の言葉を贈る気にはなれそうにもなかった。




「なぁ蒼、信じられるか?俺が親だって」

ノンアルコールビールを缶ごと煽りながら、五十嵐が感慨深げに呟く。かつては浴びるほどのアルコールでなければ満足できなかった男だったのに、やはり変わるものらしい。

「美空には苦労かけたからな。俺の所為で」

不妊の原因が五十嵐にあることは以前から聞いていた。普段は特段気にしていないように振る舞っていたけれど、酔うといつもこぼしていた。

俺はどうしてこんな身体なのか、と。

「これから幸せなことばかりじゃないか」
「そうだよ、そうなんだよ!」

珍しくアンニュイな表情をしていたかと思えば、途端にでれでれとした笑顔に変わる。五十嵐は昔から、裏表のない人だ。その分、他人の悪意にも鈍感だった。

「人の家庭に口出す気はないけど、お前意外といい父親になりそうだよな」
「そうかな」
「茜ちゃんへの溺愛ぶりみてたら、なんかそんな気がする」

俺は茜を愛している。それを惜しみなく表現していたのは、恐怖から来るものも確かにあった。あんなことをしでかした俺は、いつか見限られてしまうかもしれないと。

俺の自己中心的な考えが、更に彼女を傷つけていることに気が付けなかった。

(これからは、間違えない)

いや、違う。間違えたっていいと、茜は俺に言ってくれた。その都度、二人で考えようと。

不安は今もなくならない。俺はきっと、生涯そうなのかもしれない。

「蒼も俺も、いい奥さんもらったよな」
「ああ、俺もそう思う」

キッチンで五十嵐の奥さんと談笑する茜を見つめながら、俺はこくりと頷いた。
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