合意的不倫関係のススメ
「行ってらっしゃい、気をつけて」
「行ってきます」
「傘、忘れないようにね」

朝、玄関まで蒼を見送る。梅雨は嫌いではないが、特段好きというわけでもない。

「……」
「蒼?どうしたの?」

私から手渡された傘を持ったまま一瞬動きを止めた蒼に、私は首を傾げる。次の瞬間、彼はぐっと私の腰を引き寄せ唇にキスをした。

いつものような触れるだけのそれではなく、なぞるような深いキス。

彼の手から離れた傘が、音を立てて落ちた。

「っ、もう、急にどうしたの」

突然の出来事に上手く呼吸が出来ず、私は胸に手を当てながら軽く蒼を睨む。

「ごめん。もう口紅が落ちるか気にしなくていいんだと思ったらなんか…したくなった」

悪戯の成功した子供のように笑ってみせる蒼を見て、不覚にも胸がときめいてしまう。素直になれない私は、唇を尖らせる素振りをしてみせた。

「ねぇ、茜」
「何?」
「愛してるよ」

(…これ以上どきどきしたら心臓がもたない)

「茜は?」
「…してる」
「聞こえないよ」
「愛してるってば…っ!」

出勤前の玄関で一体何を繰り広げているのか。客観的に見れば今の私達は、相当《《痛い》》夫婦だ。

羞恥心に耐えている私を見ながら、蒼が喉を鳴らしながら笑っている。照れ隠しに彼の肩をとんと押したけれど、然程効果はないようだった。

「からかってないで、早く行きなさい」
「はいはい、そうします」
「気を付けて行ってきてね?」
「うん。いい子で待ってて」

(もう、また…っ)

今日の蒼はやけに私をからかう。もう一度肩を叩こうと上げた私の手は、彼の長い指に絡め取られる。

そして再び、ちゅっと音を立てて私の唇にキスを落とした。

「行ってきます」

とても、幸せそうな笑顔。玄関を開けた先は雨である筈なのに、目が眩む程の眩しい光が差し込んだ気がした。

「行ってらっしゃい、蒼」

既に閉まった扉越し、熱い頬を手で押さえながら、私はぽつりと呟く。唇にはまだ、彼の温かな感触が残っているような気がした。

「いい子で待ってるから、帰ってきたらご褒美頂戴ね。なーんて…」

そんな馬鹿げた台詞を口にした自身に耐えられなくなり、私はぱたぱたとスリッパの音を響かせながら、小走りでキッチンへと駆けたのだった。



        ーー完ーー
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