合意的不倫関係のススメ
ふと気が付くと、二條さんが私の目の前でひらひらと手を振っている。

「おーい一ノ瀬さん。さては過去にトリップしてたな?旦那さんの好きなところ探しにいってたの?」
「…そういうわけじゃありませんよ」
「ははっ」

冗談めかして言う彼に、私はつい唇を尖らせた。

「で、好きなところは?」
「…ひとつには絞りきれません」
「わー、惚気てるー」

自分から聞いたくせに、抑揚もつけずに適当な言い草。

二條さんのようなタイプは、正直に言えば苦手だった。というよりも、あまり関わったことがなかった。

「一ノ瀬さんってさ、案外可愛いよね」
「はい?」
「その分厚いガードの下、旦那さんは見られるんだよなぁ。なーんか羨ましい」

その言葉に、私は目を丸くする。蒼が羨ましい?逆の台詞なら飽きる程耳にしてきたけれど、これは初めてだ。

「あ、もしかして引いてる?」
「そういう訳じゃありませんが…」
「せっかく同期なんだし、嫌わないでね?」

テーブルに頬杖をついて、にこにこしながら正面から私を見つめている。

ただノリが軽い、というよりも腹の底が見えない感じがしてやっぱり苦手だ。

「あの二條さん」
「ん?」
「私もう、一ノ瀬ではありません」

そう告げると、彼は笑顔を崩さないまま「気をつけるよ」とひと言そう言った。

その日の帰り道、私はしんと静まり返った住宅街を歩きながら、一人考えた。

二條さんに蒼の好きな所を聞かれた時、どうしてはっきり答えることができなかったのか、と。

優しくて頼り甲斐があって、カッコよくて笑顔が可愛くて。たまに子供っぽいところも、甘えてくるところも、全部好きだ。

けれどそれは、あの日を境に変わってしまった。蒼ではなく、私の捉え方が。

優しくされることも、気遣いも、何もかもが、罪滅ぼしのように思えて仕方がなかった。

(やり直すと決めたなら、乗り越えなくちゃ)

浮気により破局する男女は、最早悲劇にもならない程多いだろう。けれど中には、そこから修復への道を歩く人達もいて。

どちらが我慢して成り立たせているのか、当人でない私には分からないけれど。

(好きだったな、蒼の優しいところ)

その日は眠りに就くまでずっと、何だか悲しくて堪らなかった。
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