合意的不倫関係のススメ
私を抱き締めている蒼の胸にぴたりと耳をつけ、鼓動の音を聞いている。

あれから彼は、私から離れようとしなかった。熱くてとろりとしたものが私の太腿を伝った瞬間、どうしようもなく胸が痛んだ。

「…ごめん。体痛かった?」
「ううん、体は大丈夫」
「…ごめんな、茜」

私をきつく抱き締め、絞り出すように掠れた声で言う。彼に謝らせてばかりで、私は妻として一体何の価値があるというのだろう。

(愛してる)

気怠い身体を奥に隠し、彼の頬にそっと指を這わせる。それは紛れもない、私の本心だった。

「私はどんな蒼も受け入れるよ。絶対、嫌いになったりしない」
「…うん…うん…っ」
「おいで?」

精いっぱい微笑めば、彼はまたくしゃりと顔を歪め私の胸に顔を埋める。

「…他の男のところに行かないで」
「行くはずないでしょう?」
「勝手でごめん」
「もう謝らないの」

まるで母親が子供をあやすように、一定のリズムでとんとんと彼の背中を撫でた。

そのまま私達は、同じベッドで眠った。蒼が寝入ったのを確認して一人でシャワーを浴びた。何の意味もないことは分かっていたけれど、股の間に手を入れ彼の残りを掻き出す。

(最低だな私…)

シャワーを止めないまま、そっと下腹部に手をやる。もしもここに蒼と私の赤ちゃんが宿ったとしたなら、それはとても嬉しいことだ。

けれど同時に、怖いとも思う。親や境遇に恵まれなかった私達が、本当に人の子の親になれるのか。

そしてそれ以上に、私が彼を繋ぎ止める手段として考えてしまうということも。

蒼を起こしてしまわぬようベッドに潜り込み、背中を向けて眠る。瞳を閉じて一番に浮かんでくるのは、もちろん蒼の姿。けれどいつからそれは、笑顔でなくなってしまったのだろう。

私が思い出す彼の姿はいつだって、哀しげに瞳を揺らしている。

(また、崩れるのかな)

少しずつ積もった何かが、決壊しようとしている。三年前だってそうだった。

あの時と今で違うのは、花井さんという存在だ。このまま放っておけば、遅かれ早かれ蒼と彼女の中は進展していくだろう。

もしも彼女が蒼の秘密を知り、捌け口としてでも構わないと受け入れたなら。きっと蒼は花井さんを…

(死にたい)

あり得ない。そんなことは耐えられない。彼女にだけは、いや。私から彼を奪う可能性が少しでもあるような女となんて、絶対に許せない。

それを止める為には、もう一度三年前の《《再現》》をする必要があるのだと、私の思考は闇へ堕ちていく。ビジネスライクな相手を選び、念書をかかせ、金を握らせ、証拠を撮る。

花井さんでなくとも、母親のように軽い女性であれば誰でもいい。だから、彼女でなくていい。

(もう一度、もう一度、もう…一度)

その時果たして、自分が正気を保っていられるのかどうか、全く想像ができない。

だけど誰にも、とられたくない。

私の身体の隅から隅まで余すところなく、そんな感情で埋め尽くされていた。
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