病める時も健やかなる時も、その溺愛はまやかし~死に戻りの花嫁と聖杯の騎士

28、前世の恋人

 艶やかな黒髪は半ば結いあげ、半分は背中に垂らして、白い肌に生える光沢のあるパールホワイトのドレス。ストマッカーには手の込んだ金糸と真珠を縫い込んだ刺繍を施し、手には豪華な羽のついた扇。紫色の瞳だけがやけに敵愾心に燃えている。
 ――怒られるいわれはないのだけど。

 わたしは内心困惑しながら、身体の向きを変えてドレスを少しだけ摘まんで挨拶した。
  
「ディートリンデ嬢、ごきげんよう」
「……よろしくはないわ」
「さようでございますか?」

 反応のしようがなくて首を傾げれば、ディートリンデ様はわたしの全身を忌々し気に見た。

「これ見よがしに彼の瞳の色のドレスを着るなんて。身の程も知らないで」

 そんなことを言われても、わたしはユードの妻で、結婚して最初の社交シーズンだ。夫の色の何かを身につけない方が不自然だろうに。
 
「彼に何を言ったの?」
「は?」
「……まあいいわ。少し付き合ってよ。人目に付かないところで話がしたいの」

 わたしは周囲を見回す。――ユードはまだ戻ってこず、父は貴族同士の社交に忙しい。

「ここでできないお話ですの?……主人にはあまり一人で行動するなと――」

 主人、と口にすると、ディートリンデ様の顔が露骨に歪む。――美貌が台無しだ。

「彼のことで話があるの。人に聞かれたくはないのよ」
「……人目に付かないところは困ります。夜会も物騒だと伺っておりますし」

 わたしは折衷案として広間のバルコニーを提案した。

「あそこなら姿は見えますが、声は聞こえません。……そちらでよろしければお伺いします」
「それでいいわ」

 ディートリンデ様が承諾し、わたしたちはバルコニーに移動する。
   
 真紅のカーテンは床から天井までの窓の両側にまとめられ、窓も開かれている。ディートリンデ様が先に立って薄暗いバルコニーに出、わたしも後に続いた。広間の音楽がふっと遠くなる。

「あなた、ユードに何を言ったの?」
< 163 / 184 >

この作品をシェア

pagetop