病める時も健やかなる時も、その溺愛はまやかし~死に戻りの花嫁と聖杯の騎士

30、夜明け

 ドサリッと乱暴に硬い地面に下ろされて、その衝撃でわたしは目を覚ます。
 
 ――なに? 

「おい、起きろ!」
 
 荒々しく揺り起こされても、まだ意識は朦朧として、何とか薄目を開けると目の前には知らない髭面の男。

「!!」
  
 思わず息を呑むけれど、頭には靄がかかったようで手足も痺れて自由に動けない。
 
「うひょう! とんでもねぇ上玉じゃねぇかよ!」 
「これを()っちまっていいのかよ! 貴族のご令嬢とやらも、可愛い顔してひどいことしやがるぜ!」
 
 わずかに動く目だけで周囲を伺えば、わたしは数人の男たちに取り囲まれていた。無精ひげにボサボサの頭、吐く息は酒臭く、身なりも薄汚れている。
 
「……ここは?」

 思わず口にしたけれど、言われなくともわたしにはわかっている。
 ここはあの、地下牢だ。――じわじわと恐怖が這いあがってくる。また、あの場所に堕ちてしまったなんて。
  
 わたしはレイチェル様――どこかの子爵令嬢のはずだが、彼女の家名を思い出すことができない――に渡されたスパークリング・ワインを飲んで、意識を失った。炭酸は舌が痺れて味がわかりにくい。気を付けなければと思っていたのに。

 最後にレイチェル様は何やら言っていたけれど、よく聞き取れなかった。でも、ディートリンデ様が噛んでいるのは間違いない。彼女はわたしを、前世と同じ目に遭わせるつもりで――

 カタカタと知らず知らずに震えが走り、歯が鳴る。

「や……ここ、どこ……たすけて……」

 あからさまに怯えるわたしの様子に、周囲の男たちの哄笑が湧きおこる。
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