病める時も健やかなる時も、その溺愛はまやかし~死に戻りの花嫁と聖杯の騎士

11、スパイ大作戦

 わたしはユードの部屋とつながるドアのノブに手をかけ、音を立てないようにそっと回す。
 ……部屋は無人とわかっているけど、そこはなんとなく、うしろめたさがあるので。

 キイッ……と微かな音を立ててドアを押し開け、わたしはユードの部屋を覗き込んだ。

 ――辺境伯家の帝都屋敷の、嫡男用の寝室。眠るのと着替えるだけの部屋だから、そんなに広くはない。南側には天井から床までの大きな窓、そのままバルコニーに出ることもできる。カーテンは深緑のベルベット。贅沢に襞を取り、窓の両側に寄せられて、金色のロープ状のタッセルでまとめられている。昼間、留守の間はレースのカーテンは閉めたままで、陽光は半ば遮ぎられて、部屋は薄暗い。
  
 わたしは後ろ手にドアを閉め、室内を見回す。
 大きなベッドが部屋の中央に置かれ、ベッドの向こうはクローゼットに続くドアがある。――ちょうど、わたしの部屋の造りと左右対称になっている。私のベッドは彫刻の入った四本柱の豪華な天蓋ベッドだけれど、ユードのものはベッドヘッドに装飾は入っているものの、天蓋はない。部屋の家具も全体に装飾が少なく、質実剛健なイメージでまとめてある。

 というか、家具自体、わたしの部屋より少ない。わたしの部屋には鏡台や洗面台、飾り棚にティーテーブル、ソファとあれこれ置かれているのに、ユードの部屋にはマホガニー製のライティングビューローと椅子、武具を入れているらしい長櫃、その他には中身もすかすかの本棚が一つだけ。
 
「ずいぶん、殺風景な部屋だこと――」
 
 平民出身の騎士だから、調度品などには興味もないのかもしれない。わたしはキョロキョロと周囲を見回し、バスルームに続くドアと、廊下に続くドアをチェックする。
 わたしは立ち止まり、手の中に握りしめていた、ヨルクの持ってきた魔導盗聴器を見下ろす。

 ――ポケット、に入れればいいのよね。でも―― わたしはクローゼットの扉に目を向ける。普段、ユードがどんな服を着ているか、思い出せない。そもそも、盗聴するなんてやっぱり気が引ける。

 ――もっと言えば、ディートリンデ様とユードのとの間の、甘いやり取りなんて聞きたくない。わかっていても、彼がディートリンデ様に愛を囁いているところを実際に耳にするのは、きっと辛いだろう。
 
 クローゼットではなく、ふとライティング・ビューローに目がいき、そちらに歩み寄った。

 ――もしかしたらディートリンデ様からの手紙とかあったりしたら、それで万事解決じゃない? 手紙でもいやなものはいやだけど、声を聴くよりかはずっと――

 なんとなくそんな風に思い、そっと抽斗(ひきだし)に手をかけ――
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