先生と私の三ヶ月
「パリに来た侍たち。彼らは一瞬でパリに恋しちまうんだ。立派な通りや、絢爛豪華な建物に心を奪われて江戸もそうなればいいと思ってる。自分たちもスーツを着て、ステッキを持ってハットを被って西洋人のような恰好をしたいと思って、仕立屋まで行くが、着物を脱ぐ事は武士の誇りを捨てる事だと思って思いとどまる。でも、西洋人の服装がカッコよく見えてしょうがないんだ」

 先生の話を聞きながら店の前を腕を組んで行ったり来たりする侍の姿が浮かんだ。
 武士の誇りを捨てる訳にはいかぬ。拙者たちは江戸幕府から(めい)を受けて来ているのだ。しかしながら西洋人の着物も着てみたい。あのスーツとやらを着たら拙者も西洋人のように見えるのだろうか。なんて悩んでる姿が浮かんで可笑しくなってきた。

「さすが先生ですね。武士の戸惑いが私にも伝わってきました」

「侍は真面目に悩むんだ。それこそ夜も眠れないぐらい。もう生きるか死ぬかで、それでようやく切腹する覚悟で仕立屋に入ってくんだ。そしていざスーツを着るが、足が短くて似合わない。お世辞にもカッコいいとは言えない姿になって、仲間にも笑われてしまう」

 足の短い侍の姿が浮かんでつい笑ってしまう。

「もうー、先生、お腹痛いです」

 目に涙が浮かぶ。こんなに笑ったのは久しぶり。先生はさらに侍の悲喜劇を大げさに語ってくれた。オペラ座に着く頃には腹筋が本気で痛くなりはじめていた。
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