先生と私の三ヶ月
 空が明るいうちからビールを飲むなんて、なんて楽しいんだろう。恵理さんがおつまみに取ってくれたほうれん草とベーコンのキッシュも美味しいし。気分が良過ぎてどんどんビールが進んじゃう。恵理さんとサンテと言いながら、もう三杯目のビールだ。

「忘れる所だった」
 無事にモンサンミッシェルにたどり着いて望月先生に出会えた事を報告した後、恵理さんに渡さなきゃいけないものがあった事を思い出した。

「お借りした500ユーロと、お預かりしていた本です」
 恵理さんは望月先生の本を手に取り、表紙の裏側に書いてある先生のサインを見てまた子どもみたいに足をバタバタさせた。

「『恵理さんへ、ありがとう』って、書いてある!」
「今朝、先生に書いてもらいました。本当は先生もお連れしようと思ったのですが、今日は先生、取材で朝から出かけていて」
 先生に会ったのは朝食の時だけだった。昨夜の事があってどんな顔をして会えばいいのかわからなかったけど、思ったよりも普通に話せた。

「いいのよ。これで十分だから。宝物にするね。今日子ちゃんありがとう」
 恵理さんが感動したようにサインを見つめながら言った。本当に先生の小説が好きなんだな、恵理さんは。

「私がパリに来たのはね、仕事でだったの」
 恵理さんが先生のサインを見つめながら教えてくれた。
 ご主人がフランス人だと聞いていたから、てっきり結婚が切っ掛けでパリに来たのかと思っていた。

「最初は日本の会社にいたんだけど、そこで取引のあったフランスの会社が魅力的で、思い切って就職試験を受けたの。そしたら採用されて。25の時だったな。大変な事も多かったけど、望月先生の小説を読んで勇気をたくさんもらった。どんな困難な事があっても先生の書くヒロインは諦めないでしょ? そういう姿に胸が打たれてね」
 物凄くわかる。私も流産して辛い時とか、父と母を亡くした時とか、何度も先生の小説を読んで元気をもらった。

「凄くわかります! カッコイイですよね。先生の小説に出てくるヒロイン」
「そうなのよ。ねえ、あのヒロインってモデルがいるの?」
「どうなんでしょう……」
 先生に聞いた事なかった。ヒロインのモデルか。もし、モデルがいたとしたら先生の親しい人なんだろうか。
< 140 / 304 >

この作品をシェア

pagetop