先生と私の三ヶ月
「先生、ダメです。……このラストだけは……ダメです。お願い。死なないで。先生が死んでしまったら……私も死んでしまう」
 
 先生の胸に抱きつき、声をあげて泣いた。
 先生が本当に死んでしまいそうで怖い。愛しい人を喪うなんて考えるだけでも嫌だ。

「今日子、大丈夫だよ。これは小説だから」
 私を抱きしめながら先生が言った。

「小説でも嫌だ。……先生が死んじゃうなんて、嫌だ。酷いです。……こんなに愛しているのに、悲しませないで」
 ああ、今日子という掠れた声が聞え、見上げると先生の目にも涙が浮かんでいる。

「まだ俺を愛してくれるのか?」
「当たり前です」
「だったらどこにも行くな」
「でも」
「今日子がいないと生きていけないんだ。小説に書いた今日子への気持ちは本当だよ」
 先生の小説からは「今日子」への深い愛情がたくさん感じられた。あれが全て先生の本当の気持ちだとしたら、先生が打ち明けられなかった理由もわかる。

「先生、怖かったの? 私が先生から離れてしまうと思ったから小説の事言えなかったの?」
「そうだ。怖かった。真実を打ち明けたら今日子が俺の元から離れそうで言えなかった。今日子を失いたくなかったんだ」

 苦悩の表情を浮かべた先生を見て、胸がギュッと締め付けられる。
 私が思っているよりも先生は深く悩んでいたんだ。

「すまない今日子。俺は臆病な男だ。何度も今日子には言わなければいけないと思ったが、失望するお前の顔が浮かんで言えなかった」
「先生……」
「鎌倉で今日子を抱く前に言えば良かったとずっと後悔していた。抱いた事も小説の為にしたと思われたくなかったんだ。俺は本当に今日子が愛しいから抱いた。鎌倉でもそうだし、昨夜抱いたのも今日子を愛していたからだ」

 先生の言葉が嬉しい。
 先生はちゃんと私を愛してくれていたんだ。
< 299 / 304 >

この作品をシェア

pagetop