夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな情愛〜

3

　寝室には大きな窓があった。リビングとは少し違う方角を向いているため見える景色が違う。部屋の明かりを消してカーテンを開ければ、窓の外の、街の灯りが入り込んできて幻想的に室内を明るくした。
　
　セミダブルサイズのベッドが一台と、サイドテーブル、観葉植物がひとつと間接照明のランプがひとつあるだけのシンプルな寝室で、まさに寝る為だけの部屋なのがよくわかる。
　
　菜胡は窓辺に立ち、見える景色を眺めた。眼下の街はまるで星空のように青白い光が煌めいていて、高層ビルの屋上にある赤いランプは、さながら真夏の夜の蛍のように明滅を繰り返していた。

　どこまでも続いているであろう道路の街路樹も街灯に照らされ緩いカーブを描いている。そこを行き交う車のテールランプは途切れ途切れだがずっと向こうまで続いていた。ビルの窓の灯り、家々の灯りの一つずつに、人が居て今を生きている。恋をしている人がいれば、涙をこぼす夜を過ごす人もいるのだろうと思いを巡らせながら、右から左へと視線を移して眺め続けた。

「あっ、あのビルの向こうにタワーが見えますね、これで月が出ていたらかわいいかも。うちの病院はどっちの方角ですか？　見えたりしますか？」
　隣に立って同じように眺める棚原に聞いた。

「病院はさすがに無理かな〜。あの灯りのない辺り、あそこは公園なんだ。公園を抜けた先にスーパーがあって、天気が良ければウォーキングがてら歩いていくよ。それから右の奥、背の高い建物わかる？　アレが俺の元職場」
　隣に居たはずの棚原は菜胡の背中に重なって立ち、菜胡の肩口に顔を寄せて、該当の方角を指差す。その度に小さく感嘆の声をあげる菜胡が可愛すぎて、向こうを見ている隙だらけの首筋に口付けた。

「んぁっ……」
　不意打ちの刺激に思わず声を漏らした菜胡。

「夜景はどうですか、お姫様？」
「たたた大変に美しく！」
　ここが寝室であるということの緊張感は、菜胡に夜景を楽しむ余裕を与えてはくれなかった。何を話したら、いつまでこうしてたらいいのか悩みすぎて、無理やりに言葉を考えた。

「あの湾曲してるビルは何ですか？」
「ああ、あれは――」
　ふいに菜胡が顔を横に向けた。そこには棚原の顔が、触れるか触れないかくらいのところにあった。どちらからともなく唇が近づいた。名を呼ぼうとして出しかけた声は吐息に代わり、重なって消えた。