夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな情愛〜

『気持ち悪い』と言われたのはたった一度だけだが、あれから何年経っても元カレの言い方や声色が頭の中にこだまするし、あの日のあの時を思い出してしまう。
 生まれてからずっとここにあったから気にしていなかった。だから他の人も気にしないでいてくれると思っていたから、元彼の反応は驚いたしショックだった。

 風呂に入るたび痣を目にしては「気持ち悪い」と言われた場面を思い出していた。けれど、泣くほどでもない。だから自分では傷ついていないと思っていたのに、棚原を好きだと自覚してからは、痣を見たらどう思うかしら、と何度も考えた。

 気味悪がるだろうか。元彼のように萎えたと機嫌を損ねてしまうだろうか。もし痣が無く、まっさらな肌だったなら、元彼とうまくいっていて、就職する病院が違っていたかもしれない。そうだったらきっと棚原とは出会えていなかったのだろうかと考えると妙に胸が苦しくなっていた。棚原と出会わなかった未来など想像がつかない。

 どうして私に痣があるんだろう、その理由ばかりを考えては、痣のないきれいな肌の浅川は、好きな時に好きな人と抱き合えていたのだ。自由に振る舞う浅川が羨ましくもあった。

 棚原は、痣を気味悪がるような人でない事は共に働いていてわかっていたのに、菜胡のほうに告げる勇気が出なくて、今まさに抱かれる寸前まで言い出せなかった。棚原を信用していなかったわけじゃないのに、だ。
 元彼の投げつけたトゲがチクンと痛むたびに言葉を飲み込んでいたが、いつしか"初めて"は棚原がいい……そんなわがままな想いが強くなった。
 何も言わなくとも良かったのかもしれない。きっと棚原ならそのまま抱いてくれたと思う。だけど黙ったまま晒してしまう事も嫌だった。反応がとても怖かったけれど、思い切って告げたのだ。
 
< 45 / 89 >

この作品をシェア

pagetop