夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな情愛〜

 先に仕事を終えた菜胡が、棚原の携帯に短くメッセージを送る。

「食堂にいます」
 もともとは外来の待合室で棚原を待っていたが、ある時、退勤のおばちゃんから話しかけられた。

「菜胡ちゃんどうしたの、どこか具合でも悪いの?」
「いいえ! あの、棚原先生と、その、待ち合わせを……」
 おばちゃんは一日働いて疲れている顔をしていたが、パアアと表情を明るくさせた。

「そういう事なら食堂にしなさいよ! 厨房には誰かしら居るし安全よ、それに裏口も近いし。給湯器もあるからあったかいお茶でも飲んでのんびり待ったらいいわ」
 そういう事があってから、待ち合わせは食堂になった。大抵は菜胡が先に終わる。ほうじ茶をカップに注いで、持って来ていた本を読んで待った。本に夢中になり過ぎて、目の前に棚原が座ったのも気づかない時もあった。

「今度は何の本?」
「あ、えと、ファンタジーなんですけど……主人公が異世界へ召喚されてしまうんです。国の成り立ちや文化がまるで違うのに、彼女はその国に馴染めて、おかしいなって思っていたら実はそ――わ、紫苑さん!」
 頬杖をついて、楽しげに菜胡を見ていた。

「いつ来たんですか、お疲れさまでした」
「真面目な顔で読んでるからさ、邪魔したらいけないと思って」
 菜胡と自分の分のほうじ茶カップを片付けて、手を差し出した。

「おまたせ、行こうか」
「はい」
 ごく自然に、差し出されたその手に掴まる。

 菜胡と棚原が同棲している事を知る人は多い。あの事があってから棚原は特に過保護になり溺愛するようになったと揶揄われているが、そのたびに真剣な顔をして答えた。

「菜胡にとって俺の腕の中が一番安心できる場所でありたいし、もう菜胡を泣かされるのは嫌だから」
 照れもせずそう答えられれば周りは黙るしかなく、女性不信で冷たいイメージしかなかった棚原に、恋人には甘いイメージも付いた。だがそれで言い寄る女が増える事はなかった。菜胡への気持ちは揺るがないものと皆がわかっていたし、二人の仲を裂こうとする輩は居なかった。
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