あなたの妻になりたい
1.過行く時間
 太陽がレナータ山脈に沈み始めるころ、街はオレンジ色に染められていく。マイリスは王城のバルコニーから眺めるこの色の変わりゆく風景が好きだった。それは朝と夕と。それはまるで、これから新しい世界が始まるような、そんな風景。
 王城から扇形に広がる街並み。中心部は貴族たちの別邸と呼ばれるタウンハウスが立ち並び、そこから遠ざかるにつれ、庶民たちが住まう建物が密集している。だが、沈む太陽に染められている街は一つ。住んでいる者、住んでいる形は違っていても、この王都は一つの街。全ての人間に同じように夜が訪れ、そして夜が明ける。
 夕焼けの時間。たまに、青碧の飛竜が王都の上空を飛び回る。それは力強く、そして雄大に。
 飛竜はこのプレトニバ王国を守る神獣とも呼ばれている生き物である。だが、残念なことに今日は飛竜の姿は見えなかった。いつ、どのように、何のために、飛竜が上空を飛ぶのか、他国からこの国へとやってきたマイリスにとっては知らないこと。
 それに、飛竜については誰も詳しくは教えてくれない。みんな口をそろえて言うのは「飛竜はこの国の神獣である」ということ。
 だからこそ、知らないから焦がれてしまう。それは、憧れというものなのだろうか。

「マイリス。ここにいたのか」

 想いを馳せていた彼女は、豊かな銀色の髪をうねらせて、ハッと振り返る。そこにいたのは彼女の仮夫(かりおっと)であるランバルト・ヴォルテル・プレトニバ。このプレトニバ王国の王太子であり次期国王を約束されている男。
 彼の黒い髪は夕焼けに染められて、真っ赤に見えた。恐らく、マイリスの銀髪も彼と同じように真っ赤に染め上げられているのだろう。彼と同じ色に染まることが、少しだけ嬉しいと、マイリスは思っている。
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