恋と、餃子と、年下男子
 ドキッとした。わかっていたはずなのに、突然目の前に現実が突きつけられる。

「そう、わかったわ。家賃の支払い目処が立ったの?」
 動揺を悟られないよう、努めて平静を装う。
「うん。やっとバイト代入ったんだ。これでライフラインも復活」
「今度は気をつけるのよ? 今は良くても、そういうの社会人になったら銀行から目をつけられたりするんだから」
 また可愛くないことを言ってしまう。
「だね、気をつけるよ」
 あはは、と圭人は外を眺めながら笑う。夕焼けが彼の横顔を照らすと、なんだか無性に寂しさが込み上げてきた。
「でも、もしまた滞納しちゃったらさ、その時はまた萌子さんのとこに置いてくれる?」
 茶目っ気たっぷりの笑顔で私の方を振り向いた。
「だ、駄目に決まってるでしょ⁉︎」
「えー? その時はまたご飯作るからさ。ね?」
「ご飯……。くうぅ、それは惹かれる……」
「でしょでしょ?」
「で、でも駄目。もう駄目よ、戻ってきたら」
「えー? 何で?」
「何で、って……。圭人はまだ学生でしょ? 恋人とか、友達とか、そういう周りとの交流をもっと大切にしなきゃ」
 圭人には、まだ未来がある。こんなところで、私みたいな三十路女と時間を潰していて良いわけがない。

「僕は……萌子さんと一緒にいたい」
 冗談かと思ったのに、圭人の顔はいつになく真剣だ。
「え……?」
「本気だよ? 好きなんだ、萌子さんのこと」
「ちょっと……やめてよ。大人をからかわないで」
「からかってなんかない。萌子さん、僕が歳下だから気にしてるの?」
「それは……」

 当たり前だ。三十路女に十八歳男子は釣り合わないに決まっている。世間様から非難されかねないレベルだ。

「僕はそんなこと気にしない。文句を言う人がいたら、僕が守るから」
「無理よ。今は年上女が珍しく見えているだけ。あなたはまだ若くて、これだけかっこいいんだから、この先魅力的な女の子にたくさん出会うわ。その中に、私より素敵な人なんて山のようにいるんだから」
「年上だから萌子さんが好きなんじゃない。萌子さんだから、好きなんだ」

 圭人はそう言うと、ベランダの淵に乱暴に空き缶を置き、私の両肩を掴んで引き寄せた。そのまま、私は圭人の胸に抱きすくめられる。
 
「僕が、萌子さんのそばにいるから」
 
 いつか聞いたような言葉を、耳元で囁かれる。瞬間、背中がゾクゾクした。——駄目。そんな甘い声で囁かないで。
 私は、身体を(よじ)って圭人から離れた。
 
「——ごめん。応えられない」
 
 私は、逃げるようにマンションを飛び出した。これ以上抱きしめられたら、私はきっと戻れなくなる——圭人のいない日々に。
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