恋をするのに理由はいらない
「二人とも、仕事じゃないんだからさ。今日はあくまでもプライベートでしょ?」

 クスクスと笑う戸田さんに、バツが悪くなり顔を顰めていると、松野さんは戸田さんに向いた。

「わかっております。直樹様」

 彼女は堅い言葉遣いだが、少し照れたように言っている。

「だから、様じゃないって。さっきから言ってるよね? 沙希」

 そんなことを言い合っている2人は、秘書と、その相手の兄と言う関係には見えなかった。そんな疑問に答えるように、戸田さんは口を開いた。

「彼女は僕の大学時代の後輩でね。いつのまにか弟の秘書になってたんだよ。おかげで色々聞けて助かってるけど」
「戸田さんには、個人情報とは何かって一から説明したほうがいいですかね?」
「厳しいなぁ、朝木君は。それより、そろそろ向かったほうがいいかもね? 2人で消えてたら困るでしょ?」

 飄々と言われ、俺は無意識にネクタイを締め直す。

「絶対阻止します」

 睨むように答えると、戸田さんはニッコリと笑った。

「そうこなくっちゃ」

 楽しんでいるようなその顔に、マジでこの人、性格悪りぃな、と思いながらその背中のあとに続いた。

「すみません。朝木さん。匡樹様がご迷惑をおかけして」

 少し後ろから、小さくそんな声が聞こえて歩調を緩める。

「松野さんが謝ることじゃ……」
「いえ。元は私の所為ですから……」

 彼女は俯いたまま、そんなことを言った。
< 120 / 170 >

この作品をシェア

pagetop