恋をするのに理由はいらない
 すぐにスタッフがオーダーを聞きにきて、私は紅茶を頼む。

「何かお召し上がりになりますか?」

 目の前の人に丁寧に尋ねられ、私はかぶりを振って「先程昼食を取ったばかりなので……」と断りをいれた。
 飲み物だけのオーダーを確認し、恭しく頭を下げたスタッフが席を離れると、その人は私に向いた。

「改めまして。戸田匡樹です。本日はお会いできて光栄です」

 作り物のような笑顔で私に言うその人を見て、ようやく気づいた。

 戸田さんに……似てる

 そっくりとは言えないが、なんとなく醸し出す雰囲気は似ている。それに名前も似ている。もしかして、ご兄弟? とも思ったが、貰った身上書の家族には父母しか記載されていなかった。

 私が心許なげに笑みを浮かべていると、戸田さんは表情を緩めた。

「肩の力を抜いてください。僕は枚田選手のファンの一人なんです。今回は地位を利用してしまい、申しわけありません。一度お話ししてみたかったものですから」
「そう……ですか。ありがとうございます」

 これは本当の話だろうかと戸惑っている私に、戸田さんは続けた。

「実は今までも何度か試合は拝見していたんですよ? たとえば……」

 そう言って語り出した内容は、過去の試合の話。自分でも印象に残っていたリーグでの話は、見る人が多いだろうオリンピックとは違い、本当に見ていないとわからない内容だった。
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