恋をするのに理由はいらない
 いつのまにかホテルの駐車場に停めてあった一矢の車に乗り込むと、私はまず深く息を吐いていた。

「なんか怒涛の展開すぎて……」

 精神的にはフルセットこなしたくらい疲れたかも知れない。助手席で、私は項垂れるように背中を丸めていた。
 戸田さんに会うためにこのホテルの近くて一矢と別れてから、まだ3時間ほどしか過ぎていない。けれど、真っ直ぐ家に帰りたいくらい疲労困憊だ。

「澪……。大丈夫か? その……今からが本番っつうか……」

 私を覗き込むように言う一矢は、なんだか決まり悪そうだ。

「えっと……。今から、どこ行くの?」

 あとで話すと言われて、まだ場所は聞いていない。そんな顔してまでいく場所に全く心当たりはない。

「その前に。確認しときたいことがある。澪。お前、俺と付き合ってるって、周りには言いたくないか?」

 不安気に尋ねられ、私は首を振る。

「ううん? その……。一矢のほうが仕事とかで困るかも知れないって思って……」

 立場的に、色々と噂されて困るのは一矢のほうだと思う。旭河の血縁である私が、その旭河の社員と付き合っている。それを面白く思わない人もいるかも知れないのだから。

「……悪かったな。余計な心配させて」

 少しだけホッとした顔をしたかと思うと、体を寄せて私を抱きしめた。

「俺は、誰に聞かれても、胸を張ってお前と付き合ってるって言いたいし、言って欲しい。だから……今から許可もらいに行こうと思って」

 耳元から聞こえるその声は、自分自身に言い聞かせているように聞こえる。私は左手で背中を摩ると尋ねた。

「許可って……誰に?」
「……枚田社長に……」

 何故か急に弱々しい声になると、一矢はそう言った。
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