恋をするのに理由はいらない
 その言葉の意味を理解するのに十数秒かかったと思う。やっと理解した私は、「え! お父さん⁈」と声を上げていた。

「……そう。今日家にいるのは裏取れてる。っつうか、行くって連絡入れてある。また勝手なことしてって言うならまた日を改める……」

 急にしおらしくなった一矢は、らしくない弱気な発言をしている。私は励ますように背中を軽く叩いた。

「驚いたけど、いつかは言わなきゃと思ってたから気にしないで」
「……実は。むちゃくちゃ緊張してる。こんなことすんの初めてだし、相手はあの枚田社長だし」

 ゆっくり体を起こすと、一矢は殊勝な顔で言う。私はそれに笑って返す。

「心配しなくても、取って食ったりしないわよ。それに、私もついてるでしょ?」
「確かにそうだけどさ。ま、なるようになるか」

 顔を見合わせて、お互いくすりと笑う。かと思うと、その顔が近づいてきた。
 さっきまでの、なんか可愛いなぁと思う犬っぽい表情から、一転して色気のある表情に変わるのは反則だし心臓に悪い。

 何度もキスを繰り返され、無意識に腕にしがみつく。名残り惜しそうに唇が離れると、我に返ったように一矢が言った。

「やべっ。時間!」

 慌ててシートベルトをすると、一矢は車のエンジンをかける。

「ほら、お前もシートベルトしろよ?」

 シフトレバーを操作する一矢に、私はボーっとしたまま「はぁい」と返事をした。

「そんな顔すんなって。俺だって今すぐ家に帰りたいんだって。この続きはしばらくお預けだ」

 ハンドルを握る一矢に、そんなことを言われて顔から火が出そうだった。
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