恋をするのに理由はいらない
「そんなに見ないでよ。恥ずかしいじゃない」

 あまりにもじっとその姿を見ていたからか、澪はそんなことを言う。

「なんか……思い出してた。試合の間はずっと難しい顔してたのに、これ貰ったとき、ようやく嬉しそうな顔したもんなお前」

 一試合も逃さず見た前回のオリンピック。クールと言われ続けた澪は、本当にずっと涼しい顔をしていた。けれどメダルを受け取ったとき、ようやく本来の顔を見せていた。

「そんなこと覚えてるの?」
「覚えてる。その前のオリンピックは悔しそうな顔しか見られなかったからな。すげぇ嬉しかったよ」

 もう、あのときにはすでに"落ちてた"んだよな、と今さら思う。画面越しでしか会ったことのない澪に。そう思うと思わず笑みが溢れた。

「7年……私のこと見てたって、本当だったんだ」

 顔が熱くなったのか、両頬に自分の手を当て澪は言う。
 前に、いつから片想いしてたのか尋ねられたとき、俺は迷わず7年と答えた。俺が澪を知ったのがその頃。『さすがに嘘でしょ⁈』と驚いていたが、やっと信じてもらえたようだ。

「ま、戸田常務の10年にはおよばねぇけどな」

 そんなことを笑いながら話していると、部屋の扉がノックされた。こちらが返事をする前に扉は開き、その人が入ってくると、俺たちの様子を見て驚いたような表情を見せた。確かにメダルをかけて遊んでいればそんな顔にもなるだろう。
 俺は眉を顰めたままのその人に向くと口を開いた。

「朝木一矢です。今日はお時間を割いていただいてありがとうございます。枚田社長」
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