恋をするのに理由はいらない
「じゃあ萌。見積もりできたらメールで送るから見てね」
「はーい! 待ってまーす!」

 軽く返事をする萌とは玄関先で別れ、私は戸田さんと駅に向かって歩いていた。

「色々と勉強になりました。ありがとうございます」

 並んで歩きながら、私は戸田さんにお礼を言った。
 さっき、萌に説明するより長い時間、戸田さんはアスリート向けのメニューを提案してくれた。もちろん今までも、栄養面やバランスには気を配っていたけど、どうしても好み優先な部分もあった。
 けれど戸田さんに『萌の好きなものばかりだと偏りそうだし、心を鬼にして食べさせて』なんて微笑まれると、『はい』としか返せなかった。

「さすがに今日だけじゃ足りない部分もあるし、またいつでも相談して」

 相変わらず戸田さんは爽やかな笑顔を見せ私に言う。それを見て、やっぱりずっとモヤモヤしていたことを聞いてみようと決心して顔を上げた。

「あのっ、戸田さん。変なこと……聞いていいですか?」
「変な……こと? なんだい?」

 戸田さんは飄々とした様子で笑みを浮かべている。戸田さんと知り合ってもう3年以上経つが、やっぱりつかみどころがなくて、いまいち何を考えているのかわからない。でも悪い人ではないし、現役時代からいつも親身になってくれた人だ。

「その……。戸田さんの片想いの相手って、もしかして……萌なんですか?」

 私は恐る恐るその横顔に尋ねる。戸田さんはそれを聞いてピタリと歩みを止めると振り返って笑い声を漏らした。

「ああ。やっと気づいた?」

 確率は五分五分。そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。それに、例えそうだとしても、こんなにあっさり認めるなんて思っていなかった。
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