恋をするのに理由はいらない
 萌の入れてくれたお茶で喉を潤すと、さっそくバッグから資料を取り出した。
 このサービスの仕組みから価格表や注意事項などを纏めたものだ。勝手知ったる萌が相手でもそこは仕事。あとで齟齬が生じないよう、ちゃんと説明をしておかなければならない。

「ここまでで何かわからないことはある?」

 一通り説明し終わると萌に尋ねる。萌は「うーん」と口元に指を当てて考えていた。

「澪さんが作りに来てくれてるとき、一緒に料理教えてもらうのってありですか?」
「えっ? 教えるの?」
「だって、一生澪さんにご飯作ってもらうわけにいかないでしょ? なら自分でもできるようになりたいなぁって」

 萌の言い分もわかる。萌は今まで実家暮らしで、最近一人暮らしを始めた。慣れない料理に悪戦苦闘した結果、渡に船とばかりに私に頼んできたのだから。

「それはいいけど……、別料金よ?」

 一矢には、口を酸っぱくして言われたのは『商売はボランティアじゃねぇからな。ちゃんと線引きしろよ』ってことだった。だから私も、創にも一矢にも、妥協せずに料理を提供して、ダメな部分は指摘してもらっていた。

「さすが澪さん。厳しいなぁ。わかりました。料理教室込みで見積もりお願いします!」

 真面目な表情でペコリと頭を下げたあと、萌は顔を上げると戸田さんを見た。

「で、いいですよね? 戸田さん!」
「……よくできました」

 子どもを誉めるようにニッコリ笑う戸田さんに、戸田さん……この場に必要だった? と私は不思議に思った。けれど、そのあと戸田さんがいた理由を見に染みて痛感した。

「じゃあ、僕は、そのメニューについての要望なんだけど……」

 戸田さんが今度は私を見てニッコリと笑った。
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