恋をするのに理由はいらない
 それから数年が経ち、俺は旭河に入社した。
 入社してすぐ、俺は社長に呼び出された。周りには知られないよう極秘扱いで。そして、社長に告げられたのは、こうだ。

『君には、人とは違う出世街道(レール)を走ってもらおうと思っている。そのスピードについていけるかは君次第だ』

 社長が、いや、旭河の創業者一族が、同じ創業者一族である朝木を、また旭河の経営に加えようとしている、と言う話は親父から聞かされていた。だから、俺はその思いに報いるために、がむしゃらに頑張るしかなかった。

 そして、1年前。
 俺は営業部から広報部へ異動した。それなりに結果を出していたから、周りからは何事だと言われていた。けれど、俺にとってはそれは次の段階へのステップアップ。広報部は、営業とは違う角度で社内を知ることができるからだ。
 けれど、まさかそれまで全く接点のなかったソレイユの担当になるなんて、これっぽっちも思っていなかったが。

『初めまして。ソレイユのキャプテン、枚田澪です』

 画面の先でいつも見ていた、冷たくも見える表情で澪はそう言った。初めて手の届く場所で見る澪は、思っていたより背が高く、意外に華奢だった。自然な黒髪に、涼しげな二重の切長の瞳。女性ファンが多いのも頷ける、整ったクールな顔立ち。

 その時俺は、柄にもなく緊張していた。勝手に憧れていた、まるで芸能人のような相手に、まともに顔を見ることができなかった。

『朝木……一矢です』

 素っ気なくそう言って、名刺を差し出すので精一杯だった。

 今思い出しても間抜けな姿だ。アイドルを前にした童貞かよ、と自分にツッコミたいくらい。付き合った相手くらいそれなりにいたが、その相手にこんな態度を取ったことなどもちろん無かった。
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