恋をするのに理由はいらない
 俺が『枚田澪』、と言う選手を知ったのは、7年ほど前の大学時代。
 そのときからの友人、そして旭河の御曹司でもある川村(かわむら)創一(そういち)に聞いたのが最初だ。
 と言っても、名前までは聞かなかった。夏休みにオリンピックを見に行くのだと聞き、興味本位で何を見るのか聞いた答えが『女子バレー。従姉妹が出るんだ』だった。

 俺はすでに、旭河に入社することを目標にしていて、創一の従姉妹が、枚田、と言う名だと言うことは知っていた。そう言えばゴシップ誌で、何かごちゃごちゃ言われていたが、特に気にも留めていなかった。

 そして、その夏。
 実家に帰省していた俺は、テレビで初めてバレーの試合を見た。親父は知っていたのだろう。川村の血縁がそれに出ていることを。

 その時の澪はまだ21才。初めてオリンピック選手に選ばれた控えのセッターだった。
 その試合は、メダルに届くかが決まる重要な一戦。フルセットまで持ち込んだ日本の流れが悪くなり、投入されたのが澪だった。

 俺は、澪の何もかもに釘付けになった。美しいフォーム、相手を翻弄する度胸のあるセット。そして、決まっても決まらなくても変わらない表情。たった一つ上なだけの人間が、世界相手に戦っている姿に俺は魅せられていた。
 その試合、一度は引き戻した流れに乗ったが、勝つことはできなかった。
その時映し出された、澪が悔しそうに唇を噛む姿を今でも思い出せる。

 それから俺は、時々試合を見に行くようになった。自分が目指している会社の持っているチームに所属していたなんて、それまで知らなかった。
 もちろん創一に言えるはずもなく、わざわざ相手チーム側を選んでまで、間近でそのプレーを見たいと思った。

 ただそれだけの、ちょっとした憧れだと言い聞かせて。
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