恋をするのに理由はいらない
 誰もいない……よね?

 さすがにそろそろ用意しなきゃと更衣室に向かうと、時間を潰したのが功を奏したのか、最後に帰って行くメンバーとすれ違った。そこから身支度を整え、恐る恐る玄関に向かい辺りを見渡してホッと息を吐いた。

よかった。誰にも会わずにすんだ……

 後ろめたいことをしているわけじゃないけど、普段と違う服装で帰る私を見て、茶化してくる人間は一人や二人じゃないはずだ。
 後ろからくる人もいないことに安心して自動扉を抜け歩き出すと、背中側から耳馴染みのある声が飛んできた。

「澪さーん! 今帰り~?」

 なんで……

 頭を抱えながら振り返ると、自動扉出た反対側の奥に人影が見えた。もちろんそれは、今日一番遭遇したくなかった相手。萌は、跳ねながら私に手を振っていて、横には戸田さんが立っていた。

「まだいたんだ。気づかないうちに帰ったのかと思った」

 立ち止まった私の元に駆けてくると、萌は屈託のない笑顔を浮かべた。

「ちょっと事務仕事片付けてて」

 時間はあまりないから、歩き出しながら答えると、萌は私についてきた。

「大変ですねぇ、キャプテンって」

 ちょっと待って! なんで着いてくるの?

 と内心焦っている私を他所に、萌はしみじみとそんなことを言っている。

「それより萌は、戸田さんに用事があったんじゃないの?」

 歩くスピードを少し上げると、萌は私の歩調に合わせた。

「もう終わりました。そろそろ帰ろうかって言ってたところです。ね? 戸田さん?」

 歩きながら振り返り萌が言うと、後ろから「そうだね」と戸田さんの声が聞こえる。

 なんで戸田さんまで着いてきちゃうのよ!

 自分の間の悪さを呪いたい。見つかってしまうのは運命だったのだろうか、とため息を吐く。
 けれど、ここで別れられるはずだ。通りに出て右に行くと最寄り駅。私は左に行きたい。待ち合わせは同じ路線の一駅先。電車に乗るより歩いたほうが早いからだ。

「じゃ、じゃあ……私、こっちだから」

 一度立ち止まると、私はいつもと反対側を指さす。

「そうですか……」

 一瞬、シュンとした顔になったかと思うとすぐに萌は笑顔になり言った。

「じゃあ私も今日はそっちです!」
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