恋をするのに理由はいらない
 『今日は挨拶に来ただけなので』と断りを入れる部長をその場で見送る。けれど、帰って行ったのは部長だけで、何故か一矢は私と同じように部長を見送っていた。

「なんでいるのよ?」
「いちゃ悪いのかよ……。こっちはまだまだ仕事残ってんの。そのうち合宿に入るんだろ?その前に色々話しあるんだけど?」

 周りから無駄にキャアキャア言われる顔を顰めつつ一矢は言う。なのに、中身は残念だ。歩きながら私はそんなことを思う。

 この4月の下旬から、全日本の選抜選手の合同合宿が始まる。そうなると、自分のチームの対外的な仕事がどうしても後回しになってしまうのだ。キャプテンとしてバレーだけやっていればいい、というわけじゃないのがツラいところだ。

「で、昼飯は? もう食ったのか?」

 暗黙の了解で、2人して打ち合わせ室に向かいながら一矢に尋ねられる。

「今から食べようと思ってたの! さっきまで私、自主練してたんだけど?」

 私が眉を顰めて返すと、一矢は途端に笑顔で私に手を差し出した。

「じゃ、くれ」
「はい? 何言ってるの? なんであげなきゃいけないのよ!」
「仕方ねぇな。じゃあ俺のと交換な?」

 遠足のおやつの交換? くらいの気軽さに、私は頭を抱えたくなる。

 本当にこの男は……。子どもなの⁈

 打ち合わせ室に入っていく、その広い背中を見送りながら心の中でぼやく。それから私は、自分のお弁当を入れてある冷蔵庫に向かった。
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