恋をするのに理由はいらない
「お。やっとお出ましか?」

 事務所に入る早々、私の姿を見つけて一矢はそんな声を上げる。

「すみませんね! お待たせして!」

 嫌味には嫌味の応酬。
 一矢が広報部に配属されて1年。その間色々と接点はあり、一緒に仕事をしてきた関係だ。この年下の生意気な男とは今じゃすっかり、そんな可愛げのないやりとりになってしまう。

「あぁ、君があの、枚田(ひらた)選手。活躍はいつも拝見しています」

 一矢の横に立っていたのは、濃紺のスーツを着た男性。一矢より年齢はかなり上で、それなりの役職者、という雰囲気を醸し出している。

「はじめまして。ソレイユのキャプテンを務めております、枚田澪です」
「この度、旭河の広報部長を拝命しました、長内(おさない)と申します。朝木共々、よろしくお願いいたします」

 丁寧に名刺を差し出しながら、長内部長は穏やかに私にそう言った。一年前、一矢のしたぞんざいな挨拶とは天と地ほど差がある。

「こちらこそ、本社の皆様にはソレイユのためにご尽力いただき感謝しております。これからも何卒お力添えよろしくお願いします」

 軽くお辞儀をして顔を上げると、視線の先に一矢が笑いを噛み殺しているのが見える。

 あとで……覚えておきなさいよ⁈

 心の中でそう思いながら、私は部長にニッコリと、よそゆきの顔で微笑んだ。
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