恋をするのに理由はいらない
 かなり遅めの夕食を取りながら、俺は澪の話を聞く。だいたいいつもそうだ。
 澪は普段誰にも会うことがなく、話し相手もいないのだろう。俺が行くとそれまでにあったことを嬉しそうに話してくれる。
 最近は軽いジョギングを始めたらしく、気になる店を見つけたとか、散歩している犬が可愛かったとか、そんな話だ。楽しそうにしている顔を見て、俺は安心した。けれど、その気持ちが、もっと外に向かないのを心配していた。

「なあ。何かしたいこと、ないのか?」

 まだ焦る必要はない。そう思いつつも、俺にしてやれることはないだろうかと考えてしまう。そんなことを思うのは烏滸がましいのかも知れないが。

「したいこと……?」

 澪は首をかしげている。

「そう。なんでもいい。習い事でも、どっか行ってみたい、でも」

 俺が尋ねると、澪はしばらく考えているようだった。俺はそれを気にしないふりをして目の前の飯を食べすすめた。

「浮かば……ないなぁ。自分が何をしたいのか、何ができるのかも、全然」

 そう言ってテーブルに視線を落とし、澪は少し悲しげな表情を見せた。

「……そうか。何か浮かんだら教えてくれ。力になりたいし」

 まだ引退して数ヶ月で、足の怪我も回復したばかりだ。浮かばないことのほうが当たり前なのだろう。

 澪は顔を上げると「ありがとう」と力なく微笑んだ。
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