恋をするのに理由はいらない
「ご飯はまだ食べてないのよね? 先にシャワー浴びてきたら?」

 俺の前を進みながら澪は言う。さすがに駅からここまで歩いて来て汗だくだ。
 それにしても、自分の家の風呂を異性に使わせるということがどんなことなのか、未だに澪にはわかっていないらしい。一番最初に言われたときは思わず「いいのか?」と尋ねた俺にキョトンとした顔で「いいわよ。シャワー浴びるくらい」と返ってきて、『これはわかってねぇなぁ』と肩を落としたのだ。

 俺はさっさとシャワーを浴びると家から持ってきたTシャツとハーフパンツに着替える。ダイニングに向かうと、合わせたように食事が用意してあった。

「すっげぇ。今日も美味そう」
「おかずだけでいいよね。スープ入れてくるから座ってて」
「俺入れてくる。お前は飯食ったんだよな?」
「さすがにこの時間まで待てないもの」
「俺に合わせなくていいからな?」

 そんな会話を繰り広げながらキッチンに入る。クッキングヒーターの上には、一緒に買いに行った鍋が乗っている。
 買ったその日、『こんな高いもの貰えない』と難色を示す澪に俺は言った。

「これでうまいもん作ってくれるなら、それでお釣りが来る。それに、鍋見るたび俺を思い出すだろ?」

 そう言うと、澪は渋々受け取ってくれたのだ。
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